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そこに対峙しているのは対照的な二人だった。
片や表情こそ見えぬものの息一つ乱さず静かにランスを構える白銀の騎士。
片や荒い呼吸で手にしたバットを支えに片膝をつく三田龍平。
両者の姿勢から判断すれば勝敗など火を見るより明らかだ。
三田は目の前に平然とたたずむ相手を睨んで歯噛みした。
パワー、スピード、テクニック、そしてタフネス。どれをとっても三田に勝つ見込みは無い。しかし、それらの不利を補って余りある力を三田は有していたはずだった。
「くっ」
悲鳴を上げる体に鞭打って鉄バットに電気の刃をまとわせると、三田は何とか立ち上がって正眼に構える。彼の体を動かすのは不屈の闘志と敗北を許さぬ意地のみ。立ち上がることができただけでも賞賛に値すると言えよう。
やがて、霞みだす三田の視界で騎士の姿が不意に揺らめいた。
「――っ!」
驚異的な速度で瞬時に肉薄する騎士。
直後、カンッ、という乾いた音が廊下に響く。
同時に感じる手の重みに三田は何とか敵の攻撃を受け止めたことを理解した。しかし、攻撃を受けられた騎士は即座に三田の四肢を狙って刺突の連撃を繰り出す。至近距離からの高速の突きに防御もままならない三田は痛みを堪えながらなんとか得物を横なぎに薙いだ。
が、しかし、三田の反撃はむなしく空を切る。直前に飛び退いていた騎士はすでに三田の射程外へと逃れていた。
「……くっそ!」
疲労に耐えかねて三田が崩れ落ちた。戦いが始まってから常に彼の頭をよぎっていた嫌な予感がいよいよもって確信へと変わる。
力んだ三田の得物がバチバチと音を立てて放電した。確かに電気は流れているのだ。それは先ほど騎士の攻撃を受けたときも変わらなかったはずだ。
にもかかわらず、対する騎士にはその影響を受けた様子など少しも見られない。まともに受ければ腕の自由が利かなくなり、思わず武器を取り落としてしまうほどの電気が三田の得物には流れていたはずなのに。直接攻撃を当てなくともただ接触することさえできれば相手にダメージを与えることができるこの力が、体格も実力も経験も、あらゆる不利をいとも容易く乗り越えさせてくれるこの奇跡のような力が、絶望的なまでの両者の力量差を嘘のように埋めてくれたはずなのに。
しかし、現実彼の目の前にあるのは奇跡などものともせず凛とたたずむ華麗な白銀の騎士の姿だった。
目前に迫る敗北の予感が三田の四肢を地に貼り付ける。
その時、疲労とわずかな恐怖に震える自身の肩を抱いて、三田はあることに気づいた。今しがたの攻撃で敵のランスに貫かれた彼の体には、激しい痛みこそあるものの不思議なことに出血はおろか刺し傷一つ付いていないのだ。そもそも三田が騎士の攻撃を食らったのはこれが初めてではない。だと言うのに彼の体には外傷らしい外傷は見当たらない。
三田は敵の得物に目をやった。なるほど、たしかにそのランスの先端には人体を貫けるほどの鋭利さはないようだ。竹刀のように丸みのある先端は対するものを傷つけないための配慮なのか。
三田は口元をわずかにほころばすと死力を尽くしてなんとか再び立ち上がった。
(勝機はある。俺の読みが正しければ)
三田は全身から激しく電気を放つと、ふらつく体で倒れこむように騎士との距離を詰めた。
直後、神速の突きが三田の正中に繰り出される。そして、三田の手からこぼれ落ちた金属バットが甲高い音を立てて廊下に落下した。
勝負は着いた。
もし、この場に彼らの戦いを傍観するものがいたなら、みぞおちを貫かれ呆気なく脱力する三田を見てそう判断したことだろう。
しかし、当事者だけはいまだこの戦いに決着がついていないことをはっきりと感じていた。
急所を突かれ、力なく倒れこむかに見えた三田の体は、すんでのところで踏ん張りをきかせた彼の両足に支えられ、何とかその場にとどまった。
敵の健在を悟った騎士はすぐさま二撃目を繰り出そうとランスを引くが、動かない。苦悶の表情を浮かべた三田があばらにめり込んだ騎士のランスに全力で食らい付いていたからだ。
刺突の瞬間、三田は手にしていた金属バットを縦に構えることでかろうじてみぞおちへの直撃を防ぐことに成功した。急所を狙う騎士の正確無比な攻撃が、かえってその攻撃の的を絞りやすくしていたのだ。
「……っぐぇ!」
なんとか急所を避けることはできたものの、深々とめり込んだランスはいとも容易く彼のあばら骨を砕いていた。
しかし、肋骨を砕かれる激痛にさいなまれながらも三田は引きつるほどに口角を上げて見せる。
無論、自棄になったわけではない。一つは、そうすることで少しでも体に痛みを忘れさせるため。そしてもう一つは彼の両手に感じるそのランスの予想通りの手ごたえのためだ。
(やっぱりな)
手のひらに伝わる軽い感触が三田の予測を確信に変えた。
金属のように冷たくも硬くも無く、かといって軟らかいと表現するほど硬度が無いわけではない。絶縁性があり軽量で加工もしやすいことから日常的に触れる機会は数あれど、あえてこれを凶器に人を襲うものはあまりいないだろう。
そう、そのランスはプラスチックで出来ていたのだ。三田の電気が通るはずも無い。
敵の種を知るや三田はすぐさま掴んでいたランスを渾身の力で手前に引いた。ランスを持つ手をゆるめなかった騎士はそのまま引っ張られるように前進し、即座に距離を詰めた三田をあっという間に懐へと招き入れてしまう。
騎士が自身の窮地を自覚したとき、三田は素早く左手でヘルムのフェイスカバーを無理矢理上げると、露わになった顔面に容赦なく電気をまとった右手を突っ込んだ。
「電光――」
その瞬間、自身の勝利を確信していた三田の表情が変わった。
武器がプラスチックなら鎧とて同じ素材構成されているであろうことは容易に予測できた。それ故三田は、多少の危険を覚悟しながらも鎧の中に守られた敵の本体を直接攻撃する作戦に出たのだ。
三田の予測は正しかった。左手で持ち上げた白銀の兜には金属特有の冷たい感触はない。無駄のない俊敏な動作で即座に叩き込んだ攻撃も見事と言って良いだろう。
想定外は乱暴に突き入れた右手にあった。いや、正確にはその右手が掴んだ甲冑の中身にだ。
三田の掴んだ何かは人の顔にしては明らかに冷たく、硬かった。しかしそれは金属でもなければ氷でも石でもない。人体のように柔らかくも温かくもないが金属や氷や石のような硬度も冷たさもそれにはないのだ。そして、右手にまとった電気が三田の狙い通りに流れていく感覚もやはりない。
その物質の正体を三田は知っていた。いや、三田だけではない。触れば即座にそれと分かるほどその感触は日常的になじみの深いものだ。
金属のような硬度は無く絶縁性を持ち軽量。間違えるはずが無い。三田は今しがたまで同じ素材のものに触れていたのだから。
騎士の体は、甲冑の中身は、プラスチックで出来ていた。そしてやはり、右手に触れる無機質な頬骨と鼻からは生命の気配と言うものが何一つ感じられなかった。
「――っぐぉ!」
みぞおちに突如長剣の柄頭をねじ込まれ、三田はたまらず後ずさった。
三田には理解出来なかった。いや、理解は出来ても納得することなど到底出来はしなかった。右手に掴んだ硬く滑らかな感触が、先ほどまで刃を交えていた相手の、自分に膝を付かせた相手の正体が、人ではないなどと言うことが、あって良いはずが無いのだ。
騎士は右手に持っていたランスを手放すとフェイスカバーを下ろして再び全身を鎧で覆った。落下したランスがコンコンとむなしい音を立てて廊下を転がっていく。
次いで騎士は、胸を押さえてうずくまる三田の前までゆっくり歩み寄ると、静かに腰の長剣を抜き放った。
不屈の三田は混乱と動揺と激痛に体を縛られ身動き一つとれずに黙って騎士を見上げた。
非常灯の明かりを受け、まるで本物のように煌めく長剣が、三田の延髄に無慈悲な一撃を振り下ろし、三田の意識はいとも容易く彼方へと飛んでいった。