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灰色の羊  作者: 御目越太陽
第四章『灰色、同じ色』
27/38

4-3

 一方、こちらは同校舎四階の廊下。


 水浸しの床に意識不明の根津を横たえて蘇生を試みている水野たちの様子を日村と山際がアホ面並べて見守っている。


 水野が制服をはだけられた根津の胸部を力強く圧迫し続けること数分、不意に根津はコップ二杯分ほどの水を吐き出すと、かすかに呼吸を取り戻した。


 水野は高井に上向けられた根津のあごに耳を寄せ用心深く呼吸の調子を確認する。


「だ、大丈夫なのか?」


 心配そうな日村の声に水野がため息をついて答えた。


「ああ、放っておけばじきに目を覚ますだろう」


 水野の言葉に一行は安堵の息を漏らした。


 ただ、日村にとってそれは根津より仲間の無事が確認できたことによる安堵が大きい。事件発生から一時間弱にして彼らはようやく無事再会することができたのだ。日村の安堵も当然と言えるだろう。


「しっかし、すげぇなお前。ボーイスカウトとかやってた?」


 手際よく心臓マッサージを施す水野を見て、山際が感心気味に尋ねた。


「……いや、それより他の奴らはどうした? やけに静かだが」


 質問を無視した水野の疑問でいつの間にか喧騒が止んでいることに日村たちも気づいた。あれだけのパニックがそう簡単に収まるとは思えない。


「山際、運動場」

「お、おう」


 日村の指示で慌てて運動場に視線を飛ばした山際は初めて目にする惨状に思わず息を呑んだ。


 性、年齢の別なくそこかしこに横たわる目蓋を閉じた人の群れ。あるものは半開きの口元からだらしなく唾液を垂れ流し、またあるものは露出した肌のいたるところに擦り傷と内出血を刻まれ、さらにまたあるものは全身くまなく踏み荒らされた無数の足跡のせいで半ば地面と同化したまま身動き一つとっていない。


 山際はまさしく運動場に地獄を見た。


「……うっわ、ひでぇな、こりゃ」

「どうした?」


 様子の分からない日村が山際に説明を求める。尋ねられた山際は考えた挙句、至極シンプルな一言でその惨状を表現した。


「全滅だよ、全滅。あの場に居なくて良かったぁ、俺」


 予想外の物騒な言葉にその場にいた全員の体がいっせいに緊張する。


「何? し、死んでるのか?」

「わかんねぇ。けど、この様子だと死人がいてもおかしくないぜ。生きてるって分かる奴も何人かいるけど、かなり少ない」


 傷が浅いのか、時折苦しそうにもがいている者を見つけて山際が苦い顔をした。元々流血や暴力と縁遠い生活を送ってきた山際にとって、その惨状は少々刺激が強すぎるようだ。一通り見回すと山際は目を閉じて目頭を揉みほぐした。


「山際さん、外の様子はどうなってるんですか?」


 暗褐色の壁を指差して尋ねる高井に山際が首を振る。


「駄目だ。何度も試してるけど全然見えねえ」


 今まで見透かせぬものなど何一つ無かった山際の〈千里眼〉をもってしても箱の外側を見ることは叶わなかった。どれだけ目を凝らし、どれだけ外の世界を渇望しても、その暗い壁に阻まれて山際の視界は黒く塗りつぶされてしまう。音も光も電波もにおいも、あるいは魂すらも、この箱の外に出ることは叶わないのかもしれない。


 世界は今、彼らを取り巻く大きいようでとても小さな、その箱の中にしか存在しなかった。


「どうしますか?」

「そうだな……」


 高井に問われて日村は腕を組んだ。


 仲間の無事は確認できたが事態は何も解決していない。相変わらず学校は隔絶されたままだし、運動場は地獄絵図。階下ではどっちが勝っても面倒なことに変わりは無い三田と神野の死闘が現在もおそらく続いていることだろう。今は何とか無事だがこの状態が長く続けば自分たちだって無事でいられる保証は無い。


「……よし」


 目を閉じてしばし黙考した後、日村はおもむろに口を開いた。覚悟を決めた様子の日村に皆が注目する。


「この空間を作ってる能力者を倒そう。それで、この騒ぎは収まるはずだ」


 日村の言葉は静まり返っている廊下に響いた。ややあって、


「……そうだな。それしかねぇよな」


 と山際が、続いて高井が、


「ですね」


 と、それぞれ日村の意見に同意した。返事こそ返さなかったが水野とて目的は同じである。異論は無かった。しかし、


「だ、だ、駄目だそんなの!」


 ただ一人、茂野だけが異を唱えた。普段の彼からは考えられないような大音声が一瞬にして満場一致の空気を変える。


 突然響いた親友の反対に日村は状況が飲み込めず一瞬呆けてしまった。


「……え? な、どうしたんだよシゲ? 急に」


 茂野が自分の意見を主張することなど今まで滅多に無いことだった。まして日村の意見に真っ向から対立することなど。


 声を震わせながら、戸惑う仲間たちに向かって茂野はなおも主張した。


「だ、だ、駄目だ。助けてあげなきゃ、だ、駄目なんだ。た、たお倒すなんて、絶対、だ、駄目だ」

「おいおい茂野~空気読めよ空気。状況分かって言ってんのか?」


 間髪入れない山際の突っ込みに茂野は首を横に振った。


 茂野の瞳に迷いは無い。まっすぐに自分へと向けられたその瞳から、普段は見ることの無い頑なさと決して折れない強い覚悟を日村は、はっきりと感じ取った。


「待て山際。……シゲ。助けるって誰をだ? 何で倒すのは駄目なんだ?」

「そ、そ、それは」


 その時、突如階下から響きだした無数の足音に五人は急遽話し合いを中断して一斉に身構えた。


「何だ? まさかあいつら、もう」


 決着がついたのか、と言いかけて日村は考え直した。この複数の足音は三田ではない。しかし、神野にしてはあまりに数が多すぎる。ぬかりなくライターに火をつけて日村は階段へと続く廊下を睨んだ。同時に水野も廊下を満たしていた水溜りを水球に変えて新手に備える。


 そして、〈千里眼〉でいち早く敵の姿を捉えた山際が足音の正体に気づいて思わず後ずさった。


「……マジかよ」

「何だ? 誰なんだ? 山際」


 質問に答える間も無く徐々に大きくなる足音と共に、その男たちは姿を現した。


「……何だ? あれは」


 水野の疑問ももっともだった。そこに現れたのはあまりに場違いであまりに不自然な、なんとも珍妙ないでたちをしたおかしな集団だったからだ。


 身の丈は百八十前後。全身を鎖帷子で覆い、両手には両刃の剣と丸い盾。無個性で無表情なまったく同じ造りの顔を並べ、皆一様に虚無的な目で水野たちを見つめている。それは存在するべき時間と場所をあり得ないほどに間違えた、時代錯誤の西洋騎士、その一団だった。


「そういや、運動場にいなかったから何処行ったのかなとは思ってたけど」


 山際が後ずさりながら苦笑した。あの地獄を作り出したのはおそらく彼らなのだ。そして、


「残り物を掃除しに来たってわけか」


 推測できる彼らの目的を口にして、日村の炎がにわかに火力を増した。その轟炎は多勢相手にもまったくひるむ様子が無い。


「おい、何なんだあれ? 能力者か?」


 急で予想外な敵の登場に水野の声が上ずる。


「分からん。けど敵だ。――来るぞ!」


 日村の掛け声と同時に、表情を変えない西洋騎士たちが一斉に突撃を開始した。


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