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「……ば、馬鹿なっ……!」
目の前で展開される惨状に思わず神野はつぶやいた。
彼にとってそれはありえない光景だった。精強にして忠実な自分の僕が、数の上でも力の上でも圧倒的に有利なはずの彼の軍が、たった一人の敵に壊滅させられるなどと言うことが、あって良いはずが無いのだ。
しかし、残念ながらそれは現実だった。最後の砦である伊藤が無力にも三田の電刃の前に膝を着き、神野はその無常な現実を受け入れざるを得なくなった。
三田は神野の指揮する十の囲いを軽々と打ち破り、とうとう裸の王に王手を掛けてきたのだ。
神野は後悔した。戦力の増強など図るべきではなかった。藪を突いたら龍が出てくるなど、思ってもいなかった。こうなったら今の自分には対処できない。王将単騎で龍王に挑むなど愚作も愚作。まずは一旦殿軍と合流して態勢を整えなくては――。
すぐさま駆け出した神野だったが異変に気づいて思わず足を止めた。いつの間にか運動場に残してきた殿軍の反応が無いのだ。
神野の能力に射程の制限は無い。神野が王の駒を身に着けているとき対象も彼の駒を身に着けてさえいれば、たとえどれだけ距離があろうと手駒の状況を把握して指示を出すことが神野にはできる。その反応が無いと言うことは、考えられる理由は二つ。駒が対象の手元を離れたか、対象の意識が失われているかだ。
不安に駆られ再び駆け出した神野は昇降口に居並ぶ異様な集団を見てそれが後者によるものだと気づいた。
「……そんな」
神野の腰が力なく砕けた。
昇降口は謎の騎士団によって埋め尽くされていた。皆一様に鎖帷子を身にまとい、剣と盾を両手に携え、背筋を伸ばして整列する姿は現代日本の中学校にはおよそ似つかわしくない不気味な威圧感を見るものに与えた。
と、一団の中央にたたずんでいたひときわ個性的な一人の騎士が、不意にへたり込む神野の前へと進み出てきた。
輝く白銀の甲冑、たなびく真紅のマント、豪奢な長剣と不自然に全長の短い不恰好なランス。その騎士は神野を仁王立ちで見下ろすと逆手に持ったランスを振り上げた。
攻撃が来るのは分かっている。避けなければ命に関わると言うことも想像に難くない。それでも神野は身動き一つとらなかった。
王の周りにはすでに歩の一枚も残ってはいない。投了が彼に許された最後の一手なのだ。
鋭く風を切るランスの音が、神野の対局に終わりを告げた。
荒野の敵を討ち果たし、ようやく魔城へと突入した騎士団の前に新たな敵が立ちはだかった。その男は鉄製の鈍器を片手に一行を睥睨すると、突如両手から電光を放ち、鈍器にまとわせた。
電気の魔法使いか。と、クォーター・ナイトが苦々しく吐き捨てる。
「テメェも能力者か」
敵の質問は無視してナイトは得物を構えた。彼の二つ名の由来となっているランス。一般的なものの四分の一程しか長さが無いその不恰好なランスを。
クォーター卿、我らも。
慌てて背後で隊列を組む部下たちに、下がれ、と一喝すると、ナイトは彼らに背を向けたまま、
先に行け。私もすぐに後を追う。
と、指示を出す。不満があるのか、部下たちは暫し沈黙した後、
御武運を。
と、一斉に敬礼をしてすぐ側にある階段を上っていった。
残された二人は互いにじりじりと距離を詰めると、やがて示し合わせたかのように同時に得物をかち合わせた。