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一方、運動場では目下、白銀の騎士団と能力者たちの熾烈な戦いが繰り広げられていた。
怒号と喚声渦巻く戦場で、土を操る能力者土屋大地は幾度と無く騎士たちの進軍をしのいでいた。
彼だけではない。ほかにも多くの能力者たちが持てる力を最大限に駆使して迫り来る騎士団との孤独な戦いを続けていた。
「土石龍!」
地に手を着き叫ぶ土屋の足元から巨大な土の龍が現れ、縦横無尽二に地面を泳ぎ回りながら彼を囲む騎士たちを一蹴した。荒れ狂う龍に跳ね飛ばされた騎士たちは重力など感じさせないほど軽やかに吹き飛ぶと、あるいは地面を転がり、あるいは空中に居ながら跡形も無くその姿を消していく。
それは謎の騎士団を倒した時に現れる特有の現象だった。彼らは強い衝撃を与えると、まるでもともと存在などしていなかったかのようにその姿を消してしまうのだ。
悲鳴も上げず血も流さず、幻のように消えていく騎士達を相手にして、土屋は彼らが現実のものではなく何者かの能力によって作り出された存在であると気づいていた。
包囲を打ち破り安堵の息を漏らす土屋だったが、龍の頭を踏みつけて軽々と跳躍してくる敵影に気づくと慌てて飛び下がった。
敵影は空中にいながら体をひねると手にしたランスを土屋に向けて投擲した。
ランスは先ほどまで土屋がいた地点に深々と刺さり、空中にいた敵影はランスと自分で土屋を挟み込むような位置に背中を向けて着地すると、振り向きざま腰の長剣を抜き放つ。
が、その長剣は着地と同時に形成された土柱にむなしくめり込んだだけだった。
柱の上から敵を見下ろして土屋は冷や汗をかいた。もし敵の跳躍に気づかなかったら、もし敵の着地と同時に土柱を形成しなかったら、間違いなく自分は死んでいただろう。
土屋は今の一瞬で二度死線をくぐっていたことに今更ながら恐ろしくなった。
やはりあの騎士は違う。他のマネキンとは何もかもが。
それは見た目だけではない。武器も動きも思考パターンも何もかもが他のマネキン騎士とは段違いの性能だった。
逃げたはいいが降りるに降りられなくなった土屋はもう一度自分を襲撃した白銀の騎士を見下ろした。白銀の騎士は相手が降りてこないと見るや武器を回収してさっさと行ってしまう。
自分など無視して去っていく白銀の姿を確認すると土屋は安堵と落胆の混じった溜息をついた。
後退する敵を見て胸を撫で下ろすのはもう何度目になるのか、考えようとして土屋は頭を振る。そんなことを数えてみたとしても不毛なだけだ。彼らには現状取るべきこれ以外の方法など思いつかないのだから。
彼ら運動場の能力者連合は騎士団との度重なる戦闘を通して敵の動きに一定の法則があることに気づいた。
一つ、騎士団は常に白銀を中心とした部隊で行動する。
二つ、白銀は部隊のマネキンの数が少なくなると必ず撤退して一定時間姿を消し、時間経過後に新たなマネキンを率いて再びやってくる。
この法則から彼らはあの白銀の騎士こそがこの空間を作り出している元凶であり、奴を倒せばこの空間は崩壊するのではないかと予想した。
そうと決まると能力者たちはこの法則を利用して、敵が来たら手分けしてマネキンの数を減らし、あわよくば隙を突いて白銀を倒す、という大雑把な作戦を立てたのだが倒すどころかいまだに触れることすらできていないのが現状だった。
能力者の面々が騎士団を圧倒する場面も何度かはあったが、急ごしらえのつたない連携や、この危機的な状況から生じる混乱と動揺によって彼らはことごとくその決定打を逃してしまっていた。
そして、それだけにはとどまらない彼らの苦戦の原因があの白銀の騎士の存在だった。
他の騎士とは比べるべくも無い圧倒的な戦闘力、高速で現れ縦横無尽に戦場を駆け回る無尽蔵の体力、さらに一度形勢不利と見るや決して無理をせず、瞬く間に撤退を終えるその引き際のよさなど、白銀の騎士は単体で彼ら能力者一行の力をはるかに凌駕する驚異的な力を有していたのだ。
いつまでも終わらない戦いの連続に焦りを覚えた土屋が土柱から降りてみると、彼と同じ思いなのか他の能力者たちもすでに彼の元へと集まってきていた。
「お疲れ様です。先輩で最後ですよ」
快活な笑顔でタオルを渡されて土屋は申し訳なさそうに受け取った。
「悪い。また駄目だったな」
「そろそろ潮時ですね。次を考えないと」
「そうだな」
顔を拭きながら土屋はその快活な少年が誰かを思い出そうとしていた。
「このまま戦っても埒があかない」
先輩と呼ばれたことから自分とは学年が違うのだろうということは分かる。
「ああ」
しかし、それ以外の情報はない。
「じゃあ他にどうしたらいいのかと考えてみても良い手はない」
それほど親しくも無く名前も知らない相手の妙な親切さに、土屋は少々戸惑っていた。
「そうだな」
「そこで提案があるんです」
「提案?」
心躍る言葉に顔を上げ相手の顔を見てふと、土屋は思った。
見覚えが無い。
親しくない以前にその少年と土屋は初対面だった。
先ほど能力者同士で集まって作戦を立てた場にもこの少年はいなかった。雰囲気からして能力者であることに間違いはないのだが、騎士団との戦いの中で彼がどんな役割だったかも土屋には分からない。
それに気になるのは先ほどの言葉だ。
「なあ、さっきの……最後って」
どういう意味か、と続けるつもりだった言葉を土屋は思わず飲み込んだ。いつの間にか、彼を囲む能力
者たちの虚ろな瞳が全て土屋に向けられていたのだ。
無意識に後ずさる土屋の背中に何かが触れた。知らぬ間に能力者たちは彼の背後にも回りこんでその虚ろな目を土屋へと向けていた。
言葉と共に飲み込んだ唾液がささやかながら彼の喉を湿らせたが、それでも開いたままの彼の口から呼気以外の何かが出てくることは無かった。いつの間にか、彼の声帯はほとんどその機能を失っていた。
「そのままの意味ですよ。説得するのは先輩が最後だったんで」
「……せ、説得?」
搾り出した声と共に、なおも後ずさる土屋の胸に少年はすっと手を伸ばした。
「どうぞ先輩、受け取ってください。これからは僕が指示を出します」
差し出された手は土屋の胸ポケットに優しく触れると、指先に挟んでいた五角形の木片をその中へと押し込んだ。
「大丈夫。悪いようにはしませんよ」
少年、神野司が妖しい笑みでささやいた。
彼の言葉が耳に届いたのか、土屋の目からも徐々に光は失われていった。