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灰色の羊  作者: 御目越太陽
第三章『絶望の世界、希望の箱』
18/38

3-5

 ドアの隙間から吹き出る轟炎。


 高井はとっさに飛び退き何とか火柱から逃れると、茂野を伴ってドアからなるべく距離をとった。


 その炎は明らかに自然による現象ではなかった。


 高井が知る限り炎を操る能力者は一人しか居ない。しかしその一人が自分たちを襲うことなどあり得ないことだ。


 新手か。しかし何故? どうやって炎を?


 茂野の肩を支える高井の手がわずかに震えた。


「へぇ~やるじゃん。今もしかして、何か能力使ってた?」


 警戒している高井のことなどお構いなしに、世間話でもするかのような軽い調子で、襲撃者――根津幹隆は教室へと上がりこんできた。左手をポケットに突っ込み、右手に収めたジッポライターを開け閉めしながら足で教室の戸を押し開けると、根津は二人を値踏みするように見やった。


 質問には答えず、高井は茂野をかばうようにして立つと、そのままじりじり後退した。


 高井の毅然とした態度に根津は意地の悪い笑みを浮かべてジッポライターに火をつける。


「へっ、まあいいけど、答えなくても。お前らが能力者だっつーことは分かるし」


 根津はポケットから左手を取り出すとその手を火のついたライターへと近づけた。


 高井が息を呑んでその光景を見つめていると根津の左手は見る見るうちに炎を帯びていく。高井にとっても茂野にとっても見慣れた光景。根津の手も服も炎に焼かれたりはせず、炎は完全にその体と同化している。彼らの最も親しい能力者の力と同じように。


 不意に高井はこちらに向けられた根津の眼光からみなぎる嗜虐的な敵意を感じ取った。目が合った根津が「それに」と続け、燃え上がる左拳を力強く握り締めると――、


「奪っちまえば同じだからなぁ!」


 言いざま突然その左手を薙いだ。


 高井が反射的に身をかがめると根津の手から放たれた火球がその頭上をかすめる。火球はひびの入ったガラスを叩き割り、そのまま空中で燃え尽きた。


 間違いない。日村の力と同等の威力を今の火球は持っていた。


 床に尻を着けたまま、高井は立ち上がれずに相手を見上げた。


「よく避けたな。でもいいのか? 能力使わなくて。……次は、当てるぜ?」


 避けたと言うよりは偶然もつれた足が都合よく火球の軌道から高井の体をそらしたに過ぎない。それが分かっていながらも根津は高井を挑発した。


 絶対的な強者の余裕と弱者をなぶりたい残虐な欲望が、彼の笑みを通して高井の心をすくませる。


 気づけば根津の左手には早くも二発目が準備されていた。


 自身の頭髪の焼けたにおいとやかましく耳を打つその鼓動を感じながら、高井の焦りは激しさを増していった。


 相手は明らかに好戦的なタイプだ。対するこちらは能力を考慮しても一般人並み。この状況、自分ひとりでは対処しきれない。


 どうするか、と考える高井の目に突如、不自然な物体が映った。


 それは直径三十センチほどの球体だった。球体はそっと引き戸の隙間から教室に入ってくるとゆっくり上昇し、根津の後頭部の辺りでぴたりと静止した。


 出現から移動まで無音でこなしたその球体の存在に根津は当然気づいていない。


 高井は茂野に目を配せた。高井の予想が正しければあの球体はおそらく――。


 高井の視線に気づき、茂野は黙ってうなずいた。


 一か八か、覚悟を決めて立ち上がると、高井は根津の目を見据えた。


「お? 何? 何かやんの?」


 自分の勝利を確信している根津は余裕たっぷりに相手を見返す。


 そして、充電を完了した根津が左手をライターから離すと、待ち構えていたかのように球体が根津の左手に重なった。


「今だ!」


 ジュッ、という小気味のいい音とともに根津の背後から突然、何者かの声が響く。


 急に左手を襲った冷たい感触と背後からの予期せぬ声に思わず根津が目の前の相手から気をそらすと、機を得たとばかりに高井がタックルをかけた。


「うぉっ」

「シゲさん!」


 言われるまでも無く、タックルと同時に茂野は駆け出していた。


 根津がしたたかに戸に激突するとその隙に高井も教室を出た。


 ほんの数秒の意識の乱れから根津が立ち直ると、教室にはすでに誰も居なくなっていた。無様に倒された彼の格好を笑うものは、その教室には居なかった。


 静寂と混沌の教室。半身を起こす根津幹隆。そこには強者も弱者も居なかった。


「――クッソがぁぁぁ!」


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