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灰色の羊  作者: 御目越太陽
第三章『絶望の世界、希望の箱』
17/38

3-4

 日村たち三人は同時に運動場を出てそれぞれ全速力で茂野の元へと向かったが、体力の差から高井だけが先行する形となり、鈍重な二人は息も絶え絶えに昇降口で小休止をとっていた。


「……お……おい……た……高井は」


 日村は呼吸の合間に途切れ途切れの言葉を漏らす。無事かと問いたいのだ。


「……ちょ……待ってろ」


 言われて山際は息を乱しながらも天井を見上げた。


 山際の〈千里眼〉は二階、三階と順に透過していき四階の教室を映し出した。


 教室では高井が茂野に肩を貸して今まさに外へと足を踏み出しているところだった。


「……大丈夫……そうだぞ」

「……そ……そうか」


 日村が安堵の息を漏らす一方で、山際は別の教室から出てきた不審な少年の存在に気づいた。


 少年は六組の教室の前まで来るとドアの影から室内の二人を除き見て怪しい笑みを浮かべている。


「……お、おい」


 いやな予感がした。この少年が能力者かどうかをここから判断するのは難しい。だが仮に能力者でなくただ逃げ遅れていただけの一般生徒だというのなら、何故彼は二人をのぞき見るなどという行動を取っているのだろうか。いや、そんな疑問はどこかずれている。今大事なのは、完全に無防備な二人を教室の出口で待ち受けている不審な者がいるという事実だ。


 山際が不審者のことを日村に伝えようと口を開くと、少年は突如手元から火柱を出し室外へと通じる戸を焼いた。


「あっ!」

「……何だよ?」


 ようやく呼吸が整ってきた日村が尋ねる。


「おお、襲われてる」

「何!? だ、誰に」


 日村に問われて山際は少年の顔を注視した。よく見れば見覚えがある気がする。山際は、いや日村もあの少年と面識があったはずだ。彼らは同じ三年生。そして山際は彼と同じ組に所属している。名前は――、


「下がれ!」


 と、口を開こうとする山際の体は不意にバランスを崩した。突然日村に服を引っ張られ下駄箱に体を投げ倒されたのだ。


「いってぇーな。何だよいきなり」

 日村はすばやい動作で懐から出したライターに火をつけると彼らに向けて飛来してきた何かを炎の壁で焼き払った。

「さすがだな」


 壁が消えるとそこにはやんちゃな笑みを浮かべた少年が嬉しそうに彼らを見据えていた。左手をポケットに突っ込み、右手をぶらぶらと回して関節をほぐしているその少年の顔を見て、山際は立ち上がれずに後ずさりした。


「さ、三田」

「テメェ、帰ってたのかよ」


 苦々しげに日村が漏らす。


 少年、三田龍平は首の骨を鳴らしながらゆっくりと日村たちとの距離を詰めた。


「テメェともケリを着けときてぇところだが、今は他にやることがある」


 日村が炎を左手に移した。右手には火のついたジッポライターが準備されている。応戦の構えだ。


 それを見て三田もポケットから左手を出した。握り締められた拳はすでに電気をまとっており、バチバチと不快な音が日村と山際を威嚇する。


「あの水使いは何処だ?」


 敵意のこもった冷たい目で三田は尋ねた。


「素直に答えるとでも思ってんのか?」


 威嚇にひるまず日村が相手を睨みつける。


 一触即発の沈黙が辺りに立ち込めた。すぐにでも逃げ出したい山際だったが、恐怖のあまり腰を抜かしてしまい立ち上がることが出来ない。


 日村は山際の窮状を察してかばうように一歩踏み出した。


 その瞬間、不意に三田は獣のような俊敏さで日村に突撃した。


「爆炎陣!」


 三田の接近を察知していた日村はすかさず左手を薙いで目の前の空間を焼き払う。


 両者の間に立ち塞がる炎の壁。無警戒に飛び込めばただでは済まないダメージを受けていただろう。


 しかし、三田の側も日村の反撃を読んでいた。炎の届く範囲を正確に計算すると、ぎりぎりで急停止し、右手にあった傘立てを飛び越えて隣の下駄箱の陰へと消えていく。


「――させるかよ!」


 敵の行動を、下駄箱を盾に裏から回り込む算段と読んだ日村は、即座に振り返り間髪入れずに再び炎の壁で空間を埋め尽くす。


 がしかし、予想とは裏腹に日村はその炎に手ごたえの無さを感じた。炎使いの日村である。自身の繰り出した炎が物を燃やしているかいないかなど容易に感じ取ることができた。


 ――おかしい。日村がその違和感に確信を持ったとき、邪魔にならないように横で縮こまっていた山際の〈千里眼〉が三田の姿を捉えて叫んだ。


「う、上だ!」


 声に反応して日村がとっさに左手で頭を守ると、頭上から投げつけられた何かが日村の手に巻きつく。


「な、何だ?」


 それは黄色い蛍光色をした細い釣り糸だった。先端に、同じく釣具の重りをつけたそれが日村の左手を二重三重に捕らえていた。


 日村が絡みついた手を引っ張ると、下駄箱の上の三田が会心の笑みでそれを見下ろした。


 自身の危機に気づき糸を振り払おうともがく日村だったが、時すでに遅し。三田の放った毒牙は彼の左手に深々と突き刺さり獲物を放さない。毒は瞬く間に流れ込んだ。


電光蛇サンダースネーク!」


 瞬間、日村の左手に衝撃が走る。


「――ぐっ」


 三田の放った電流が糸を通して日村の腕を焼いた。


 日村は痙攣に耐えながらもとっさに炎で糸を焼切ると下駄箱の上に火球を飛ばす。


 読んでいたかのごとくすばやい反応でそれをかわすと、三田は下駄箱の裏へと消えていった。


「だ、大丈夫か?」


 山際に心配され、日村はばつが悪そうに答えた。


「一旦引くぞ。ここじゃ分が悪い」


 しびれた左手をぶら下げながら山際を助け起こすと日村は校舎の中へと駆け出した。


「ま、待てよ」


 山際も慌ててその後を追う。


 逃げる二人を横目にしながらも、三田は動じず冷静に焼き切られた糸を捨てるとポケットから新しいセットを取り出して右手に装備した。口元にこぼれる笑みからも彼の機嫌のよさをうかがい知ることができる。


 三田はパワーアップした自身の能力、〈電光闘技・改〉の力に確かな手ごたえを感じていた。


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