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灰色の羊  作者: 御目越太陽
第三章『絶望の世界、希望の箱』
16/38

3-3

 喚声と悲鳴が飛び交い、混乱はさらに大きくなった。我先にと逃げようとする群衆が将棋倒しに倒れ、事態はもはや収集不可能なまでにその熱を上げている。


 謎の騎士団の危険を察知し、いち早く群衆の波から逃れた山際は日村、高井とともに比較的人の少ない体育館の辺りまで大慌てで避難した。


「いや~焦った焦った。マジやべぇってあれ」


 合流できたことに安堵の笑顔をこぼす山際が緊張感に欠けた調子で頭をかいた。


「山際。んなこといいからシゲが何処にいるか探してくれ」


 いささか苛立っている様子の日村が山際の胸倉を掴む。今の彼には山際の無事を喜べる心も冷静に事態を把握する余裕もなかった。


 急に懇願され山際は思わずパニックに陥っている運動場に視線を移した。戦場のごとく響き渡る悲鳴と怒号が彼らの耳にもはっきりと届いている。


「探すってお前あの中からか? 一応やってみるけど、かなり時間かかるぞ?」


 自信無さ気に答える山際の言葉は、しかし日村の耳には入らない。


「何でもいいから頼む」


 まくし立てる日村を「待ってください」と、高井が冷静に制止した。


「山際さん、まず校舎の中からお願いします。まだ中に居るのかも」

「分かった」


 山際は指示通り彼らの教室がある校舎の一階から順に視線を走らせていった。一階、二階、三階とそれらしい影を見ることなく飛ばしていき、四階、六組の教室でうずくまっている人影を見つける。茂野だ。


「居たぞ。日村、お前らの教室だ」


 山際の報告にすかさず二人は彼の背を叩いて返礼した。


「でかした」

「さすがっす山際さん」


 言うなり同時に駆け出す日村と高井。本人たちは軽く叩いたつもりでも、受けた山際は思わずつんのめってしまうほど二人の礼には力がこもっていた。


「あ、おい待てって」


 ずれた眼鏡を直すと慌てて山際も二人の後を追いかけた。




 運動場の喧騒とは対照的に、校舎はしんと静まり返っていた。


 電気の通っていない暗い廊下、乱雑に散らかっている荒れた教室、所々にひびの入った窓ガラスに非常灯の頼りない緑が、わずか一時間ほどでその校舎を廃校へと変えてしまっていた。生者の気配はかすかにしか存在せず、蔓延する負のエネルギーが、そのかすかに取り残されている希望をすら蝕んでいく。さながらそれは魔城だった。


 その魔城の一角、六組の教室で茂野はいまだくず折れていた。


 地震が収まった後も謎の騎士団が現れて生徒たちを無双している今も、茂野は全く立ち直ることができないでいた。


 見るつもりなど無かった心が、聞くつもりなど無かった声が、彼の良心をさいなんでいた。耳を塞ぎ、目を閉じても、ずっと箱に隠されていたこの能力者の思いが彼の心に流れ込んでくる。


 茂野は理解した。


 箱はおそらくこの力によって自身の心を閉じ込めていた。そうしなければ絶え間なく向けられる悪意にその心が押しつぶされてしまうから。そうしなければ繊細で臆病なその心が自身の羞恥に気づいてしまうから。


 以前に茂野が聞いてしまった声はその向けられた悪意の一端だった。茂野の〈悟り〉をもってしてもこの箱の中を覗き見ることはできなかった。


 しかし今、茂野は彼の作り出した箱の中にいる。それ故むき出しになっている彼の本当の心は、望まずとも勝手に茂野の心を侵しているのだ。


「シゲさん!」


 聞き覚えのある声が茂野を呼んだ。茂野が顔を上げるとそこには高井が息を切らして立っていた。


「シゲさん、大丈夫ですか?」


 高井に肩を抱かれ、茂野の中に流れ続けていた心の奔流がようやく止まった。


「立てますか? ここ危ないから早く出ましょう。まぁ外もあんま変わんないみたいですけど」


 茂野は涙した。箱の心の冷たさが、高井の手のぬくもりが、茂野の目から大粒の涙をこぼさせた。


 箱を救い出してあげたい。でも自分では駄目なのだ。


 誰かに、いや、日村になんとしても伝えなくては。


 箱の心を、気持ちを、あの太陽のような少年ならばきっと救い出してやれるはずだ。


 茂野は弱弱しいながらも自らの足でゆっくりと一歩を踏み出した。


 それを見て高井は茂野の腕を自分の肩に回した。


 二人は日村たちと合流するためにゆっくりと歩み始めた。


 希望はある。仲間がいる。閉ざす必要など、隠す必要など無いのだ。全てをさらけ出し、それでも箱を受け入れてくれる存在を、茂野は知っていた。


 茂野は箱の心を理解した。


 絶望し、崩れ落ち、それでも他の何者にも頼ろうとしない、頼ることのできないその孤独な心を、茂野は何とか救い出してあげたかった。


 今まで存在意義を見出せなかったこの力が、初めて役に立つときが来たのだ。茂野の瞳はいつに無く前向きな輝きを帯びていた。


 と、二人がドアの前までたどり着いたその時、茂野は間近に迫る悪意の存在に気づいて足を止めた。

茂野に急に服を引っ張られて高井は心配そうに茂野の顔を覗き込む。


「シゲさ――」


 突如ドアの隙間から現れた火柱が、高井の声をかき消した。


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