3-2
日村はパニックに陥る人ごみの中、一人親友の姿を探していた。
「シゲ! どこだ!」
茂野と日村は同じクラスである。無事避難できていればそう離れたところには行っていないはずだが、日村はなかなか茂野の姿を確認することができないでいた。
日村の頭には先刻からずっと不安がちらついていた。何故手を取って一緒に逃げてやらなかったのかと後悔もしていた。
「クソッ」
日村が無力に立ち尽くしていると、ジャージ姿の高井が人ごみをかき分けるようにしてやって来た。
「日村さん!」
「高井。無事だったか」
仲間の無事を確認して日村は安堵の声を漏らした。
「はい、何とか。……あの日村さんこれって、多分能力ですよね。シゲさんが見たって言う」
「ああ、多分な。確証はねぇけど」
茂野の名前が出て日村は自信なさ気に答えた。そんな日村の様子に高井も何かを感じ取ったようだ。
「日村さん。シゲさんは?」
「分からん。今探してんだけど、見つからねえ。……携帯も、なんかわかんねぇけど圏外だし」
力なく首を左右に振る日村を見て、高井は彼の不安を理解した。
「すぐ探しましょう。俺も一緒に――」
高井の語尾は突如上がった群衆のどよめきにかき消された。
色めき立つ人の波に飲まれながら、山際の〈千里眼〉はその人ごみの最前線にいる生徒たちと対峙する奇妙な一団を映していた。
そこにいるのは鋼鉄の甲冑に身を包んだ騎士だった。
彼らは一様に鎖帷子を身にまとい、右手には刃渡り一メートル弱の両刃の剣を、左手には直径五十センチ前後の盾を携え、無気力無感動無個性のまるでマネキンのような虚無の表情で、眼前の生徒たちを見据えている。
無個性、というのは比喩ではない。山際の目に映る彼ら騎士たちの顔は、さながらクローンのように皆そっくり同じ造りをしていたのだ。顔のパーツ、目や肌の色、しわや、誰も数えてはいないがおそらく眉毛の本数だって同じなのだろう。個体の識別など不可能に思えるほど均一な表情。喜びも怒りも悲哀も苦楽も、感情というものが一切感じられない彼らは、何も一言も言葉など発さずにただ黙って群集を見ていた。
と、無個性な集団の中に一人だけ例外がいることに山際は気づいた。
その騎士は他のものとは違い、顔を含む全身を輝く白銀の甲冑で覆っていた。腰にはきらびやかに装飾された長剣を帯び、首に巻いた赤いマントが何処からとも無く吹く風に吹かれてばたばたとはためいている。手前には自身の胸丈ほどしかない、ランスにしてはやや短めな得物が地面に突き刺さっており、その柄頭に両手を組んで乗せている様は、他のマネキンたちと明らかに違うオーラをかもし出していた。
整列する騎士団の前にたたずむ堂々とした立ち姿。それは、その白銀の騎士こそが一団の長であろうことを語らずして物語っていた。
両集団の間を重苦しい空気が流れた。唐突に現れた騎士団は、現れてからだいぶ経つのに微動だにせず、じっと群衆を見据えていた。
このままずっとにらみ合いが続くかに見えたその時、白銀の騎士はやはり唐突に動き出す。
騎士は地面に突き刺したランスをおもむろに抜き取ると、天高くそれを掲げた。
その芝居がかった大仰な動作を群衆が固唾を呑んで見守っていると、大方の予想通り騎士が掲げたランスを力強く振り下ろす。
その一振りが合図だった。
軍団は動き出した。ランスの先端が指す方へ、たじろぐ人の塊へ、彼らは一斉に突撃を始めた。
騎士団は掛け声も上げず表情も変えずに、ただ黙って眼前の群衆めがけて魚群のごとく突っ込んできた。
振り上げた剣が無抵抗の生徒たちを切り捨てる。命乞いも抵抗も彼らの進撃を止めることなどできない。近いものから斬って捨てられ、遠いものは状況も分からず右往左往するのみ。
わめき散らし逃げ惑う群衆のパニックが、勢いよく地面を蹴る騎士団の足音をかき消した。