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灰色の羊  作者: 御目越太陽
第二章『暗躍』
12/38

2-3

 放課後の昇降口で能力者探しをしていた日村たちの元に高井は息を弾ませやって来た。


「新しい能力者がいた? 二年にか」

「はい。二年一組、神野司です。実は今日……」


 高井は昼の出来事の一部始終を話した。どんな能力かは分からないが彼が能力者であり、彼の能力によって起こされた事件だということを高井は確信していた。


「あ~だからさっき救急車来てたんだ」


 山際の軽い一言を無視し、日村は尋ねた。


「……神野司か。まだいるか? 学校に」

「それは、ちょっと分かんないですけど、今度写メ取ってきますよ」

「おう、頼むわ。悪いな、部活中にわざわざ」


 珍しくジャージ姿の高井を見て日村がねぎらいの言葉をかけた。


「いえ、あのそれより、今日水野さんはいないんですね」


 高井の言葉どおり、そこには日村、山際、茂野の三人しかおらず水野の姿は無かった。


「ああ、あいつは」

「別にお前らの仲間になったわけじゃない、だってよ。毎日音楽室来てるくせによく言うわ」


 日村の言葉を遮って山際が嫌味ったらしく水野の真似をする。悪気があるわけではない。むしろ嫌味も言い合えるような関係に彼らはなっていた。


「まあ悪い奴じゃないし、呼べば来るし、別にいいだろ。それより高井、例の能力者のことなんだけど」


 日村はようやく手に入れた手がかりを高井にも伝えた。


 新たな情報は彼らの状況にわずかな光明を差し込んだかに見えた。


 しかしそれは、一行の中にくすぶっている不安の影をより一層大きくしていた。


 はたしてどんな能力なのか。一体誰の能力なのか。「箱」という単語からは能力者の姿かたちもその力の大きさも、何も想像することができなかった。




 車の通りも人通りもほとんど無い窮屈な路地を水野洋介は歩いていた。

時折足を止め、電柱の陰に隠れながら手にしたノートと二十メートル先を歩く少年の後姿とを交互に見ると、額に浮かぶ汗を拭ってまた路地を歩く。


 間違いない、と水野は確信した。


 前方を歩くあの少年は風を操る能力者、風間俊だ。


 水野は下駄箱を出たときから彼に目をつけていた。悟られぬよう充分な距離をとって、ノートに記されている情報に目を通しながら慎重に風間を尾行した。


 周囲に人気は無い。仕掛けるならまさに今がその絶好機だろう。


 水野は三田との一戦によってすっかり自信を取り戻していた。


 やはり自分は違うのだ、他の能力者よりも優れているのだ。なまじ根拠があるだけに、水野の自信は揺るぎ無いものへと成長していた。いや、増長していたといった方がいいかもしれない。はっきりいって彼は天狗になっていた。


 調子に乗った水野はその地位をより不動のものとするためにはどうすればいいのかを考えた。

能力者は、特別な才能を持つものはたくさんいる。自分以外にもたくさん。では自分がその中で一番特別な存在になるにはどうすればいいのか。答えは簡単だ。すべての能力者を降せばいい。強い奴も弱い奴も皆倒して自分が頂点に立てばいい。特別の中の特別、最強の能力者、〈水の曲芸〉の水野洋介。悪くない響きだ。


 水野は早速行動を開始した。が、彼の野望はいきなりつまずいてしまう。


 なぜなら彼には未だに能力者の判別ができなかったからだ。


 やむを得ず水野は日村たちを頼った。無論日村たちとて彼の標的の一人であることに代わりは無いのだが、他に手段も思いつかないので水野は甘んじて彼らの手を借りることにした。


 水野の腹の内など思いも寄らない日村は快く水野に情報を渡した。唯一つ、


「そのかわり、俺らが困ってるときは助けてくれよ? ギブアンドテイクってことで」


 と条件をつけて。


 自分をまっすぐ見つめる日村から水野は思わず視線を逸らしたが、彼の意志が変わることは無かった。


 いずれ日村とは決着をつけねばならない、だが今はせいぜい利用させてもらおうか、と。


 水野はすっかり自身の大いなる野望に酔っていた。


 後方からそよぐ風が急かすように水野の背を叩く。


 仕掛けよう。水野はそう心に決め、鞄の中に手を伸ばした。


 中には水の入った五百ミリペットボトルが四本。これを上手に使って何とか風間を水のあるところへ誘導しなくては。水野が誘敵のプランを練っていると――、


「誰だ?」


 突然振り返った風間が水野のいる方へと呼びかけてきた。


 瞬間、水野の全身に緊張が走る。


「出てこいよ。バレバレだぜ」


 水野の背を叩いていた風がにわかにその力を増していった。


 気づかれた。いつから。いや、それよりもどうする。敵はすでに仕掛けてきている。こちらも仕掛けるか。無理だ。手元の水では時間稼ぎくらいしかできない。いったん引いて態勢を整えた方が――。


 水野の逡巡などお構いなしに、ずかずかと風間は近づいてくる。


「何のつもりか知らねぇけど、出て来ないなら先に、仕掛けさせてもらおうか!」


 風間が右手を天に掲げると、突如として水野の背を打つ風が止み、不意に風向きは向かい風となった。続けて風間がその手を勢いよく振り下ろすと目も開けられない突風が水野を襲った。


「――うっ」


 砂塵が巻き上がり、うねる風に乗って飛んできた砂粒が水野のまぶたを叩く。電柱のおかげで何とか踏みとどまることができてはいるがまともに受ければ立っていることもできないだろう。この風に逆らって水を飛ばしたところで水野の攻撃は相手に届かないかもしれない。


 思っていたより敵は手強い。やはり退くか。しかし、この状況で無事に逃げられるのか。


 水野が考えあぐねていると、突如、風間の背中を火柱が包んだ。


「うぁ、なっ、何――」


 突然の攻撃に後ろ髪を焼かれた風間が振り返ると、彼の顔面はその眼前に迫る四角い何かに強打された。


 衝撃で倒れこんだ風間は混乱する頭でそれが野球の金属バットであることを何とか理解した。


 そして鼻下から口元にかけてを濡らす冷たいような温かいような感触が自身の鼻腔から止めどなく溢れる血液であることも、彼の頭脳はかろうじて理解できた。


「バ~カ。逆だっつ~の」


 襲撃者は金属バットを肩に乗せると軽い調子で風間に吐き捨てた。


 逆、というその言葉の意味が風間には理解できなかった。


 風間は自身の能力により空気の流れを読むことができる。たとえ視界が塞がれていてもその力を使えば、気流の流れ方の違いを感じ取ることで身の回りの状況をある程度なら容易に把握することができた。それによって風上に潜んでいた水野の存在をいち早く察知することができたのだ。尾行に対する風間の初動はまずまずと言ってよかった。


 風間の不幸は敵が二人いたことにある。


 風間の風は確かにいち早く風上の尾行者を感知していた。だがそれ故、彼は敵を一人発見できたことに油断してそれ以外の警戒を全く怠ってしまったのだ。


 結果、風間は自分の進行方向、風下で彼を待ち伏せていたこの襲撃者の存在に気付けなかった。襲撃者の炎に無防備な背中を焼かれるその時まで。


 しかし、そのことで彼を責めるのは酷というものだろう。なぜなら彼は歴戦の勇士でも訓練と研鑽を重ねた達人でもない。ただ能力を有するだけの一介の中学生なのだから。


「いきなりしゃべりだしたときはさすがにビビッたけど、……バレバレだぁ?」


 襲撃者は愉快そうにバットを振りかぶり、風間を見下ろした。


 衝撃と痛みと恐怖と驚愕で、風間の意識はいまだに乱れている。


 相手の言葉の意味、自分が襲われている理由、背後の電柱に隠れているもう一人の敵の存在、今自分がとるべき最良の手……。


 頭の中には問題が浮かぶばかりで、彼の頭脳はそのどれについても答えを出すことができない。


「コントじゃあるまいし、次からは相手がいる場所確かめてから言えよ、な!」


 振り下ろされるバットの残像と側頭部に走る鈍痛を最後に、風間の記憶は途切れた。


 襲撃者は風間の気絶を確認するとその制服からボタンを一つもぎ取り、しばし満足そうに愛でた後、自身のポケットにそれを入れた。


 電柱の影で息を殺していた水野は恐怖と興奮と緊張の入り混じった激しい鼓動を抑え、その一部始終を覗き見ていた。


 何者だろう。火を使う能力者。逆光のせいで襲撃者の顔はよく見えないが、声と背格好から日村ではないということは分かる。もっと身を乗り出して見てみるか。しかし、体を動かせば相手に気づかれる恐れもある。いや、もしかしたらすでに気づかれているかもしれない。だとすればどうする。先に仕掛けるか。手元にある心もとない水で。


 鞄の中に、ゆっくりと水野は手を伸ばした。


 いつでも出せる。水野が覚悟を決めたとき、襲撃者が立ち上がり、電柱に視線を移した。


 水野はごくりとのどを鳴らした。荒くなっている呼吸を何とか止めようと歯を食いしばったが、彼が必死になればなるほど彼の体は余計に酸素を欲した。


 敵は気づいているのか、いないのか。自分は行くべきか、否か。


 この期に及んでも決断を下せない水野は、凡人かそうでないかを問われればまず間違いなく凡人だろう。


 水野の心配をよそに、襲撃者は大きく伸びをすると踵を返してその場を去っていった。敵は最初から最後まで水野の存在に気付いていなかったようだ。風間の行為を待ち伏せには気付いたものの相手の正確な位置までは分からず闇雲に攻撃して虚栄を張っていただけ、とでも解釈したのだろう。なんにせよこの敵に気付かれないことは水野にとって都合のいい話だった。


 遠ざかっていく足音を聞きながらも、水野は石のようにじっと動かなかった。襲撃者の気配が完全に消えた後も水野はそうして動かなかった。水野が再び動き出したのは偶然通りかかった主婦が倒れている風間に気づき、救急車を手配した頃だった。風間の安否を確認する主婦に気取られぬよう、水野は重い体を動かしてゆっくりと帰宅の途についた。


 風間と謎の襲撃者との一戦において水野はまったくの部外者だったが、それでも彼の下着は汗を吸ってぐっしょりと濡れ、全身の筋肉はしびれるほどに疲労していた。敗北こそしていないものの、水野の心は妙な焦燥で満たされてしまっていた。自称最強の能力者水野洋介は、今しがたの戦いではまったくの部外者でしかいられなかったのだ。


 いまだ震えの止まらない手を水野は握り締めた。


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