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第三説 鬼ノ子

 鬼、という言葉に人はたいてい恐ろしいものを想像するだろう。頭に角をはやし、牙があり、乱暴なものだと想像されている。しかし実際、彼等も人や動物と同じく様々な性格や容姿があり、そもそも人と姿形はそう変わらないものである。鬼の中には争いを好まないものもいれば、臆病で気の弱いものだっている。美しい姿のものやかわいらしい姿のものもいる。


 僕が一人で川辺へと足を運んだとき、鬼の子と出合った。鬼の子は僕と同じくらいの年に見え、黒く長い髪を二つに結わいたかわいらしいおなごの姿をしており、その頭には二本の小さな角がはえていた。白い着物を身に纏い、一人で水遊びをしている。


「人間・・・・・・?」


 鬼の子は僕を見つけると水遊びを止め、身体をびくつかせた。僕が首を横に振ると、特に興味がなさそうな表情で「ふぅん」と再び水遊びを始める。


「じゃあ妖怪?」


 僕は再び首を横に振った。すると鬼の子はやっと顔を上げ、僕を真っ黒いその瞳でジッと見る。その瞳には一切の曇りがなく、ただただ僕が何者なのかを見極めようとしているようだった。


「じゃあ動物?」


「・・・・・・いえ」


「じゃあ鬼の子?」


「・・・・・・いえ」


「じゃあ死人?」


「・・・・・・・・・」


 質問することに飽きたのか、鬼の子は再び水遊びを始めた。緩やかな川が絶え間なく流れ、鬼の子はその真ん中の岩にしゃがみこみ、僕は岸寄りの岩に立っていた。空は雲ひとつない快晴で、非常に静かな風景だった。

 僕は彼女の小さな手に水がすくわれるたび、この場を離れてはいけないような気がしてならなかった。そもそもこの川辺に鬼が下りてくること自体、珍しいことであった。


「行かなくていいの?」


 動かない僕に鬼の子は言う。


「君は行かなくていいの?」


 僕はすぐさま、そう答えた。すると鬼の子は手を止め立ち上がる。そして僕に背を向け、森に向かってゆっくりと歩き出した。


「どこへ行くの?」


 慌ててそう投げかけると、鬼の子は表情も変えず振り返ってから当たり前のように言った。


「おうちへ帰るの」


 鬼の子は再び森の方へ顔を向けると、そのままゆっくりと去っていった。その足音が消えるまで、僕はその場に立ち止まっていた。


「あれは隠れ鬼だよ」


 突然の声に僕は驚いて体をびくつかせた。辺りをキョロキョロと見渡して、やっと声の主の居場所がわかる。声の主は僕から五歩ほど離れた木の上で足をぶらつかせて笑っていた。それもまた、鬼だった。青い着物をゆったりと着ており、青い髪をした少年の姿をしていた。頭にはやはり二本の角がはえている。


「隠れ鬼に会うなんて珍しいね、死人さん」


「・・・・・・僕は死人じゃありません」


 静かに反論する僕を無視して、鬼は落ちそうなくらいゆらゆら揺れながら愉快そうに話す。


「隠れ鬼ってぇのは一人ぼっちが大好きな鬼なんだけどな。死人さんがどっかいけぇとか言わなければ、仲良くなれたぜぇ?きっとぉ」


「そんなこといってな・・・・・・」


「いやぁでも、珍しいものを見せてもらったぜぇ!ありがとなぁ」


「だから僕は・・・・・・」


「あぁあ、俺もあんな風になりたいぜぇ」


 僕の話をすべて遮って、鬼は楽しそうな表情で語っていた。しかし、突然その表情が恐ろしい怒りのものへと変わる。彼は僕に牙を向け、木の上から飛び降り近づいてきた。


「そんじゃ死人さんもおうち帰らなくちゃなぁ」


 そう言いながら。僕が驚いて後ろによろめくと、鬼は真っ黒い瞳で顔を覗き込んで来た。とっさに左腰にぶら下げている夜紅丸に手を伸ばした。


「餓鬼、残念だがこの子は死人じゃないよ」


 ふと、すぐ後ろから兄の声が響いた。その声に餓鬼と呼ばれた鬼は身体を奮わせ、慌てて僕から離れる。


「な、な、な!?」


 相当驚いた様子の餓鬼に兄は肩を竦めた。


「この子は人間じゃないし、動物じゃないし、鬼でもないし、死人でもないよ」


 そんなことはどうでもいい、そんな顔で兄を見る餓鬼はまるで悪いことをした子供のようだった。僕と兄を見比べるように首を上下に振りながら、少しずつ後ろに下がっていく。


「ななななんだよお前!お前霊獣かよ!しかもあれか!モミジイヌってやつか!なんでさっさと言わないわけぇ!?」


「え、だって君が・・・・・・」


「ほんとありえねぇ!お前友達いないだろ!そういう大切なことは先に言えってば!」


「いや、あの・・・・・・」


「だぁあああもういい!おめぇとは絶交だ!絶交!だからあばよ!」


 また、僕の話をすべて遮って言うだけ言い、鬼の子が去っていった森の中へ逃げるように走り去っていった。


「なに、あれは・・・・・・」


 嵐のように去っていった餓鬼の後の静寂に、兄は小さく笑った。そして教えてくれた。


「あれは餓鬼といって、生前に罪を犯した人間の成れ果て。彼からは壮大な嫉妬心を感じたよ」


「嫉妬・・・・・・?」


 僕が首を傾げると、兄は彼等が去っていった森とは反対方向の森へと足を進めながら、また一言だけ呟いた。


「隠れ鬼はね、人を惑わすものなんだよ」


 その言葉に僕はやっぱり首を傾げた。



-鬼ノ子 完-


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