前説
それはすべての人々が、神という存在が世界であると信じていた時代。カミコシという国の放浪の森と呼ばれていた森の奥に、小さな神社が存在していた。神社の前には二十段ほどの階段と大人の背丈より少し高い鳥居、そして二匹の狛犬の兄弟が、カミコシの神が祀られる祠を守るように向かい合わせで立っている。
向かって左の狛犬は兄のサクライヌ、右の狛犬は弟のモミジイヌ、と呼ばれていた。兄のサクライヌは生まれたそのとき、春の夜風を身にまとい、桜吹雪を空に散らし、自らの背後に桜の木々を並べたとしてそう名づけられた。サクライヌの背後には桜の木々が互いの間を均等に空けて並んでいる。一方、モミジイヌはサクライヌの千年後にこの世に生まれたとされ、秋の夜風を身にまとい、紅葉の葉を空に散らし、自らの背後に紅葉の木々を並べたとしてそう名づけられた。モミジイヌの背後にはまだ若い紅葉の木や苗が茂っている。
二匹の狛犬は、祈りへの導きと罪への制裁を授けられ、カミコシの神に人の姿を与えられた。サクライヌは白に輝くの短い髪に四本の深い青色の線を入れられ、金色の瞳に顔には赤く爪痕のような印を塗られた優しい顔立ちの青年の姿。しかし、人間の耳はなく、狛犬の白い耳に尻尾や爪が残る。右腰には長い刀身の『銀桜丸』という刀を下げ、白い衣を纏っている。モミジイヌも容姿はサクライヌとほぼ変わらず、違うところといえば、まだ幼き顔立ちに低い背。髪に入れられた線は短く赤い。左腰には短い刀身の『夜紅丸』という刀を腰に下げ、少し大きめのサクライヌと同じ衣を身に纏っている。
二匹の狛犬は祠の守護と人々の導き、そして生きとし生けるものへの罪の制裁をも、神の手の代わりに下す。この物語は、そんな狛犬兄弟の成長物語である。