事故。
かんなとの、間に何とも言えない空気が流れているのを、僕は感じていた。近くにいるのに、一番遠い人。自宅に現われているのに、僕の隣をすり抜けていく。掴みたいのに、掴みきれない。ただの、義弟の家庭教師にすぎないのか、ただ、時間だけが、過ぎていく。そんなある日、咲桜里が、事件をおこした。つまらない事件だった。
「どうしたの?」
携帯に出た僕に、咲桜里は、泣きじゃくった。
「すぐ来て・・。」
泣きじゃくる咲桜里を、落ち着かせ、聞いた。
「事故を起こした。」
一言いった。あわてて、僕が、駆けつけると、借りたスクーターが、転がっていた。
「猫が、出てきたの。」
幸い咲桜里に、怪我は、なかった。借りたスクーターを乗り回し、飛び出した猫に気づくのが、遅れた。とっさに、ハンドルを切ったが、間に合わず、公園の花壇に突っ込んだ。
「大丈夫?」
そうしか言えなかった。
「たぶん。」
いつも、強気なのに、ポツンと答える。親には、言えないだろう。スクーターは、真ん中から、大きくひしゃげていた。たぶん、弁償になるんだろうな。ぼんやり考えていた。
「大丈夫ですか?」
通りかかった人から、声がかかった。
「病院に行ったほうがいいよ。」
まずい。何人かが、集まってきていた。
「親御さんに、連絡してほうがいいよ。」
親切そうなおばさんが、咲桜里に、手をかけた。
「連絡しようか?」
咲桜里の母親に、連絡する訳には、いかない。かといって、このまま、病院に行かないのも、心配だった。
「大丈夫ですって。」
顔をすこし、すりむいていた。服もやぶけているのに、大丈夫なわけない。自損事故だから、警察とは、関係なくても、病院に行った方がいいのは、見るからに、あきらかだった。
「お前の親に言ったほうがいいよ」
言いかけながら、その気がなくなった。咲桜里が、帰ろうと、スクーターをおこし始めた。
「無理だよ。」
「大丈夫。」
僕の手を払う。仕方がないので、僕が、スクーターを、おこす羽目になった。でも、もう、起こすのも、動かすのも、無理だろう。花壇の、土は、ふかくめくれあがり、花々が、飛び散っていた。
「ここは、このままにして、病院行こうよ。」
「行かない。」
「後で、酷くなったら、どうするんだよ。」
面倒な事になる。思いついたが、かんなだった。あの人なら、何とかしてくれる。学生同士の僕らでは、病院から、親に連絡がいってしまう。僕は、ドキドキしながら、かんなのアドレスを探していた。かんなに、電話する事で、こんなに、緊張するのは、何故なんだろう。普段、連絡するなんて、事が、滅多にない。かんなが、電話に、すぐ、出てくれるのを祈っていた。