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君の胸に寒椿咲く。

年が明けたせいか気分が晴れ晴れとしていた。今日は、「紫苑」の個展が、始まる。冬の空にしては、夏空のように、青く、気分が良くなってきている。今朝、早く積もった雪が、何処までも美しかった。思えば、紫苑と出会い、絵画へ打ち込む思いを知った。彼の生い立ちを知り、名を広めたいと思ったが、彼は、余命を知り、自ら、命に終止符を打っってしまった。彼への思いを絶つ事が出来ず、家庭教師先で知り合った大翔を利用し、「紫苑」の名を広めた。かんなの思いは、叶ったが、大翔に刺され、互いに負傷してしまう。記憶を無くした大翔は、「紫苑」と名乗っていた。本当の彼が誰なのか、誰にもわからないまま、犀椰の言うとおり、「紫苑」の個展開催踏み切った。

「これで・・。終わりだよ。」

部屋のカーテンを開けながら、かんなは呟いた。もう、終わりにする。「紫苑」に縛られた人生。彼を大きくし、世に出した。もう、互いに別の人生を送る事にしよう。今日、個展を見届けたら、犀椰より先に、海外に旅立つつもりだ。

「かんな・・。」

息せききって、犀椰が、携帯をかけてきた。

「おはよう。いよいよね。」

かんなは、明るく、声をかけたが、犀椰の妙な様子に気が付いた。

「大変だ・・。」

「どうしたの?」

「やられた・・。」

「何があったの?」

「絵が、全て、複製だ・・。しかも、うちの画廊にあった他のコレクションがないんだ・・。」

「えぇ?」

「終わりだ・・。あの・・。秀香って、女と、大翔にやられた。」

「そんな。秀香まで・・。」

「とにかく、今、警察には、連絡した。かんな。すぐこれるか?」

「ちょっと、待って!」

かんなは、慌てて、傍にあったコートを掴んで、外に出ようとしたが、思い直して、携帯をかけた。秀香にだった。

「秀香?」

長いコールの後、秀香が出た。

「かんな?かけてくると思っていたわ。」

「今・・。何処なの?」

「遠い所・・。気づいたのね?」

かんなは、感情が高ぶるのを抑えるのが精いっぱいだった。

「秀香・・。どうして?」

「かんな。「紫苑」が、自分のせいにしろって、言ってたけど・・。私も共犯だわ。」

「彼の名を傷つける事になるのよ。これが、終われば、私は、去るつもりだったのに。」

「かんな・・。彼が、「紫苑」の名で、得たものは、全て、無にしたいって。」

「今、彼は正常とは、言えないわ。とめるのがあなたの役目でしょう?」

秀香は、笑った。

「結局、あなたも、何もかも、失ってしまうのね。」

「秀香・・。」

「私達、いつも、正反対に位置に居たわね・・。でも、もう、終わりよ。」

「秀香。お願い。彼の為に、成功させたいの。絵は何処?コピーじゃないのも、あるはずよ。」

「ダメよ。教えられないわ。ここで、彼を待つの。少ししたら、来てくれるって。」

「ちょっと・・。」

秀香は、携帯を切ってしまった。そのまま、部屋から、走り出ながら、大翔にかけてみた。しかし、つながる事はなかった。

「いったい・・。何処に?」

かんなは、タクシーをとめた。「紫苑」の向かう場所。もう、あのアトリエはない。だとしたら・・。

「すみません。急いで、行ってください。」

かんなの思いついた場所は、街外れにある図書館の上だった。「紫苑」の絵画が飾ってあった。朝早い、図書館は、人気もなく、寒々しい空気が流れていた。エレベーターがくるのを、待てず、かんなは、階段を駆け上がって行った。図書館の上の階は、ホールが、何階もある。自分でも、階段を駆け上がるなんて、信じられないまま、大翔が、そこにいると、信じて上がって行った。

「大翔・・。お願い。」

そこに、居てほしい。階段を上がりながら、かんなは、携帯をかけ続けた。

「大翔!」

ようやく、携帯がつながったのは、屋上への扉を開けた時だった。

「居た・・。」

視界の先に、大翔が、見えた。振り向いた瞳は、かんなの姿を映していた。

「おはよう・・。」

吐く息が白かった。

「その顔だと、もう、バレたんだな。」

「ひどいよ・・。」

泣きそうな顔をすると、大翔は、フェンスの下に腰かけ、脚を組んだ。

「もう・・。脚は大丈夫なの?」

「うん・・。」

目の前に、キャンバスを広げていた。

「もう・・。1年になるのね。」

あの日から・・。事故の日から、また、紫苑の幻影に振り回される日々が、再び始まっていた。

「かんな・・。もう、自由になろうよ。」

「自由よ。あなたの、個展がら、終わったら、海外にいくつもりだった。せめて、これから先、画家として、生きて行けるように、個展を成功させたかったのに・・。

「絵で成功?」

大翔の目が、哀しそうだった。

「絵に縛られているんだな。」

「あなたの絵が好きだから・・。」

「もう、俺から、自由になれよ。」

大翔は、立ち上がり、フェンスに寄り掛かった。

「君の前にいる俺は幻なんだ・・。ずーっと、絵に縛られている。もう、自由になれよ。」

脚をかけると、フェンスを乗り越えた。

「大翔!」

かんなは、追いかけ、大翔のシャツにしがみついた。

「何をするの?」

「最後にさ・・。1枚プレゼントしてやるよ。」

キャンバスに描かれた絵が、かんなの目に入った。白いキャンバスに、真っ赤な華が咲いていた。

「何言ってるの?」

シャツが、千切れそうだった。

「かんな・・。絵描いている時、何を見ていた?」

「絵を描く時?」

かんなは、大翔の後を追い、フェンスに、よじ登った。

「やめろ!かんな!」

大翔と違い、かんなは、バランスを崩しそうになっていた。

「いつも・・。見ていた。かんな。」

「知ってるよ。大翔」

大翔の体を掴むことが出来た。

「大翔・・。大翔でしょ?紫苑なんて・・。嘘。」

「かんな・・。」

近くで、見る大翔の顔は、いつもより、綺麗だった。

「大翔・・。ごめん。ごめんね。利用して・・。」

「かんな。」

いつの間にか、雪が降り始めていた。青い空が広がるのに、雪が何処からもなく、跳んできていた。

「雪華だ・・。」

大翔は言った。

「大翔・・。戻って。まだ、間に合う。あなたは、絵の力がある。もう一度、始めましょう。」

大翔は、振り返った。

「かんな。危ないよ。戻って。」

「大翔が戻るなら。」

「かんな。」

かんなの頬に、大翔の指が触れた。頬から、唇に優しく触れて行った。

「戻るよ・・。」

大翔の押され、かんなは、フェンスから、降り立った。

「さあ・・。早く。」

かんなは、手を差し出した。

「かんな。戻るんだ。」

大翔は、優しくかんなの手を押し戻した。次第に雪が強くなっていく。降り立つ雪に、キャンバスが、濡れはじめたいた。

「かんな・・。絵が、濡れちゃうよ。」

大翔は笑った。

「もう、戻るよ。だから、雪から、絵を守ってくれないか?」

「本当に、戻る?」

「あぁ・・。」

かんなは、キャンバスを取る為、フェンスから、離れた。ほんの一瞬だった。世界が、静寂に包まれた。

「大翔!」

かんなは、声にならない叫びをあげた。視界から、大翔が消えていた。

「大翔!」

フェンスに駆け寄った。下を覗く勇気もなかったが、辺りから、聞こえる悲鳴が全てを、知らせた。

「大翔・・・」

かんなは、大翔の絵を、抱きしめ泣くしかなかった。階下には、真っ白な雪の世界に、大翔を中心とした寒椿が咲いていた。

「どうして・・・。どうして。」

両手から、嗚咽が漏れる。握りしめた絵画から、油の匂いだけが、むなしかった。

「大翔・・。」

・・・・・そこから、何が見える?・・・・

絵画に書きなぐった文字があった。大翔の字だ。

「大翔・・。気づかなくて、ごめんね・・。」

その時、雪の中を、小さな鳥が横切った気がした。白い羽毛が、舞い降りてきた。雪が止まる事はなく、終わりのないエンディングロールのようだった。白いキャンバスに雪月華は、赤く鮮やかに咲く。

かんなの胸に咲き続ける。永遠に。               END






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