秀香への思い。
数か月が過ぎ、秀香とかんなの関係は、ギクシャクしたままだった。秀香の「紫苑」への、思いだけは、変わらず、アトリエであるガレージには、せっせと通っていた。個展まで、もうすぐそこに迫っていた。画家「紫苑」の絵画も、ほとんど仕上がり、後は、どうしても、描きたいという「雪月華」の1枚だけになっていた。画廊の下見も兼ねて、秀香は、大翔と、建物の屋上にいた。
「脚の具合も、大分いいのね・・。」
「そうだね・・・。」
「向こうに着いたら、すぐ連絡する。だから、あまり待たせないで、すぐ来て。」
大翔は、個展が終わったら、秀香と海外に行く約束をしていた。
「無事、終わるのを見届けたら、すぐ行くよ。」
大翔は、秀香の肩をそっと、抱いた。
「上手く、行くかな?」
秀香は大翔に言った。
「「紫苑」に言われた通り、手配したわ・・。」
「上手く、いくよ。先に言って、待てて・・。」
「これから・・。どうするの?」
秀香は、大翔に、自分との関係を聞いたつもりだった。しばらく、大翔は、黙っていた。
「ねぇ・・。」
海外で、何をしたいのか、聞きたかった。ようやく、大翔は、口を開いた。
「最後の1枚を描いいたら、行ってもいいかい?」
「1枚描いたら・・?いつまで、待たせるの?」
大翔は、少し目を伏せた。
「ごめん。少し、時間がほしい。」
秀香は、ため息をついた。
「新しく、人生やり直しても、絵を描くの?」
「絵か・・。振り回されたな・・。」
大翔は笑った。
「やり直すなら、生まれ変わる・・。」
「生まれ変わるの?」
「そうだな・・・。人間やめて、鳥にでも、なろうか・・。」
「じゃあ、あたしも。」
「無理だよ。君は。鳥なんて、小さなものには、なれない。」
「酷い。」
「ずーっと、言いたかったんだ。」
大翔は、秀香に向かい合った。
「君の絵からは、いつも、力をもらっていた。絵は辞めないでほしい。かんなも、俺も、君の絵には敵わない。
「何を言うの?二人とも、賞賛は凄いわ。」
「俺らの絵は・・。迷いの絵だよ。」
「迷い?」
「いつまでも、浄化されない迷いの絵。誰も、表面だけしか、見れていない。色と技術に、ごまかされているが、前へ進めない迷いの絵だよ。」
大翔は、秀香の手を取った。
「絵を諦めるな。何があっても。君の絵は力がある。」
「紫苑・・どうしたの?急に。」
風が心地よい。
「ずーっと、伝えたかった。言えてよかったよ。」
「ありがとう。」
秀香は、うつむいた。
「一緒に絵が描けたら、嬉しい。」
大翔は、答えなかった。明日、個展が始まる。