何があったの?雪月華。
静かに頭と垂れて、かんなは、二人の前に現われた。久しぶりの3人での、対面だった。
「こんにちは・・。」
秀香も静かに向かいいれた。
「こんな事になるなんて、思わなかったわね。」
秀香は、感情を押し殺して、語った。
「秀香・・。今日は、彼の個展の件で来たの・・。家もかなりの投資をしているわ。」
「どうかしら・・。」
入ってくるかんなを制するように、秀香は立ちはだかった。
「紫苑の絵画を一手に、引き受けたって聞いている。かなり、財を成すつもりよね。」
「そういえば・・。そうなるけど・・。あなた達には、損のない話よ。」
「あなた達?もう、遠慮はいらないって、事かしら?」
「秀香・・。」
かんなは、ため息ついた。
「もう、よしましょう・・。報告があるわ・・。」
秀香をおしのけ、かんなは、ガレージ奥に、座っている大翔の前に行った。黙って、二人のやりとりを聞いている大翔。
「秀香・。安心して。」
ゆっくりと、秀香を振り向いた。
「犀椰と入籍する。だから、秀香。安心して。もう二度と、邪魔はしないから。」
「紙切れ1枚なんか、信用できないわ。」
秀香は、叫んだ。
「どんなに、がんばっても、あなたは、紫苑と同じ世界にいた。私には、手の届かない。入り込む事なんで、出来なかった。」
「秀香。違う。」
「かんなには、敵わないと思っていた。同じ世界にいるあなたが、羨ましかった。」
「秀香・・。そんな。」
かんなも、秀香と同じ事を考えていたのだ。
「私だって・・。」
生命にあふれる秀香の絵に憧れた。色使いも、筆使いも、かんなには、到底マネの出来ない。紫苑も、秀香の絵の中の、無限の生命力に魅かれていた。残り少ない自分の命を、秀香の絵から、分け与えられると、信じていた。かんなにとって、秀香が、紫苑との間に立ち塞げる何者でもなかった。
「あなたが、羨ましかった。紫苑とこころから、結びついているって・・。」
かんなから、涙がこぼれていた。
「絵を描くのを辞めたのも・・。もう、才能がないと思った。大翔の絵を見た時、そう、思って・・。でも、彼が、紫苑と兄弟と知って。」
「紫苑と兄弟?」
秀香の顔色が変わった。
「かんな・・。どういう事?」
秀香は、紫苑と大翔が、異父兄弟とは、知らないでいた。
「大翔・・。」
二人のやり取りをきいていた大翔が、初めて声を発した。
「同じなんだ。」
大翔は言った。
「確かに・・。紫苑とは、兄弟。でも、今は、一つだ。前に描いた絵も、今、描いた絵も、世間がどう騒ごうが、同じ人間が描いた絵なんだよ。」
秀香は、ゆっくりと、唾を呑んだ。
「あなたは・・。誰なの?」
「最初から、誰でもない、僕一人なんだ・・。」
かんなは、悲しそうにうつむいた。
「大翔なんて、いないって・・事だと思っていた。」
「かんなは、知っていたの?」
「・・途中から・・。」
秀香の顔色が更に、変わっていった。唇をこわばらせ、踵を返すと、ガレージから、出て行った。カツカツと、ヒールの音が、響いて行った。
「そういう事に、考えたの。」
かんなは、言った。
「傍にいる秀香が、許せなくて。」
「あなたは、時々、ズルい時がある。」
大翔は言った。
「君は、本当の俺が誰かわかるの?」
かんなは、少し首をかしげた。
「誰かなんて、関係あるのかしら?そんな事より、個展を成功させるのが、先よ。年明け、一番に決まったの。それを伝えたくて・・。」
個展を成功させ、互いに離れる。犀椰と結婚し、日本を離れる。彼には、大きな画家としての名を残す。かんなは、そう決めていた。紫苑であろうと、大翔であろうと、自分が大切に思った人に代わりはないと・・。
「年明けか・・。」
大翔は笑った。
「雪月華の綺麗な時だな・・。最後に、描いてみようか?」
大翔の悲しい笑いに、かんなは、気づきもしなかった。
「一つ・・。聞きたい事があるの。」
かんなは、どうしても、紫苑・その人に聞きたい事があった。
「どうして・・。待っていたの?あんな所で・・。」
紫苑最後の事だ。
「あんな所で、一晩もいたら、死んでしまうの、当たり前でしょう?」
「そうだよ・・。」
大翔は笑った。
「その為だったんだ。もう、長くなかった。」
とめていた筆を勧めはじめた。
「長くないのは、わかっていた。でも、君との約束は守りたかった。」
「あたしは・・。」
かんなは、思い出していた。自分が、先に約束を破った日を。
「後悔していた・・・。苦しんで、苦しんで・・。だから・・。あなたの絵を何とか、仕上げ、世に出そうと・・。」
「それで・・。こいつを利用した。兄弟とも、知らずに?」
「そうよね・・。最初に気づくべきだったわ。面影も、画風も、似ているの当たり前だったわ・・」
大翔は、何ともいえない悲しい顔で、筆を走らせていた。
「なあ・・。かんな。」
「はい・・。」
大翔の隣の小さい椅子に、腰かけていた。
「昔に戻れるかな?」
「それは・・。」
かんなは、笑った。
「紫苑として?それとも、大翔として?」
「君は、どっちがいい?」
大翔の筆がとまった、大きな瞳がかんなの前にあった。二人の影がそっと、重なる瞬間だった。