陰を追う人。
時間だけが、流れて行った。大翔は、後は、リハビリだけを、残すだけとなり、自宅へと退院していった。かんなは、結婚へと、なかなか踏み切れないでいた。大翔と、直接逢う機会は、極端にへり、犀椰だけが、大翔と逢う時間が増えていた。急に、秀香との、大翔の間が、縮まったようで、気にはなっていたが、自宅にいる大翔に逢う訳にはいかなかった。
「だんだん・・。面白くなってきたよ。」
画廊から、戻ってきた犀椰が言った。大翔とよく逢っているようだ。
「個展をやるつもりだ。」
「誰の?」
「喜んでくれると思っていたけど・・。彼の」
「彼?」
眉をひそめた。
「彼と聞いて、迷うよね。」
犀椰は、笑った。
「どちらも、本当だからな」
陰を含んでいた。
「紫苑のさ。」
「紫苑?」
「正確にいうと、今の紫苑かな」
「もう、辞めようよ・・。」
「どうして?彼の名は、もっと、大きくなる。君が持っている彼の絵も価値があがる。」
「一度で、いいの。彼の人生がムダでなかったって事がわかれば、良かった。これ以上は、何も、望まないの。」
「そうはいかないよ。せっかくの逸材だ。世に出す手伝いをするのが、俺達の仕事だろう?」
「そうだけど・・。もう、彼を利用したくない。」
「利用じゃないよ。彼がそう望んだんだ。」
「彼が?」
犀椰が笑った。
「奴が、望んだ。描きたいと。俺は手伝うだけだ・・。あれは、君の言う紫苑だな。」
犀椰は、紫苑と大翔が、兄弟とは、知らない。
「彼の絵は、全部、うちで、扱う。そう契約したんだ。何枚かは、もう預かっているんだ」
かんなは、大翔のもつ瞳の奥に、不穏な光を感じていた。
「ねぇ・・。彼と直接逢ってるの?」
「当たり前だ。他人には、任せられない。」
「私に、任せてほしいの。」
「それは、避けたいな。」
かんなと紫苑との事は、犀椰も知っている。
「紫苑と名乗る彼が何をしたいのか、本当の事を知りたいの。」
「認められたいのさ・・。親やまわりにね。」
「そうじゃない気がする。」
本当の紫苑だったら、それがあったかもしれない。でも、もし、大翔の意識があるのなら・・。それに、秀香との事も気になる。すっかり、秀香との連絡が途絶えがちになっていた。同じ紫苑に魅かれていた秀香のとる行動も予測がついた。
「お願い・・。」
「条件がある。」
何となく、わかった。
「わかっているわ・・。早めるのね。」
犀椰は、大翔とかんなの事が、気になるのだ。入籍を早めるという。紙切れ1枚に、どんな効力があるのか。
「それでも、いいわ。」
かんなは、承知した。今の心境はどんな条件ものむつもりだ。
「紫苑の個展は、私が担当する。」
彼にあう為に。かんなは、犀椰の部屋を出て行った。