不遇の兄弟。
犀椰は、幾つかの絵画を整理していた。紫苑が描いたと言われる絵画は、評価が上がっており、いくらか高額で、取引されていた。かんなのたっての願いで、初期に描いたものは両親に届ける事になっていた。
「勿体ない。」
そう思ったが、これからの事を考えると仕方がない。紫苑と思い込んだ大翔に、幾つも描いてもらうつもりだ。もともと、紫苑の絵と言われたものは、大翔の手で、完成されたものなんだから、大翔が、描く事に偽りはない。紫苑という名も、ペンネームという事にすれば、何ら問題がない。大翔の才能は、溢れるばかりで、かんなの腕より、数段上と、評価していた。
「いいぞ・・。」
他にもいろいろある。考えると、犀椰は、頬が緩んできた。この間、大翔とリハビリの先生の話を立ち聞きした内容によると、作業療法も兼ねて、彫刻も始めたらしい。いろいろ意欲的に、絵画以外、創作に携わっているようだ。きっと、次々と、作品は、評価されるだろう。ついに、見つけた、逸材だ。利用する手以外ない。そして、きっと、かんながいれば、大翔は、献身的に創作していく事だろう。そのかんなは、自分から、離れる事はない。もう、婚約したのだ。そのまま、入籍してしまえばいい。かんなに、初期の紫苑の作品を渡す、引き換え条件として、入籍の話をした。
「待ってほしい。」
予想した答えだった。
「この絵は、相当価値があがる。それを、渡すんだ。君を信じているからね・・。」
かんなは、答えを躊躇った。
「いい話だろう?それとも、あの年下の彼に揺らいでいるとか?」
意地悪に聞いた。
「それは・・。」
自分は、紫苑に揺らいでいるのか、大翔に揺らいでいるのか、わからなかった。今、一番、魅かれてるのは、紫苑の人格を持つ、大翔である事に間違いはないのだが・・・。
「僕と一緒に彼を支える事が出来る。一番、彼が喜ぶのは、絵を描ける環境なんだ。それを、君は与える事が出来る。そういうつくし方もあるんじゃないか?」
そう言われて、胸が詰まった。犀椰を敵に回して、成功した画家はいない。
「そうね・・。」
紫苑の事は一度諦めたのだ。
「そういう話よね。」
入籍・・。近いのに、遠い存在になる。それでも、大翔の絵を支える事が出来るのなら・・。かんなは、承諾し、絵を受け取った。そして、今、かんなは、紫苑の継母に、教えられた場所に来ていた。
「「あの子の母親は、フラワーショップを開いているの。いろいろ教室も持っている大手のね。アレジメントなんか、有名な先生よ。」」
・・・・そうだった。紫苑のあの感性は、母親譲りだったのだ。かんなは、その場所に来て、思わず、力が抜けた。
「「この日は、お店にいるはずだから・・。」」
継母に言われた通り、その店のガラス越しに姿は見えた。紫苑そっくりのその姿。
「どうして・・。」
今まで、気づかなかったんだろう。何度も、逢っていた。
「「もう、逢いに来ないで。」」
言われた事もある。その女性は、忘れもしない・・。
「大翔・・。」
大翔の母親であった。つまり、紫苑と大翔は、父親の違う兄弟であったのだ。
「そんな・・。」
かんなの、両目からは、涙が溢れて止まらなかった。なんて、残酷な運命なんだろう。自分が、魅かれ、そして、利用した人が、兄弟だったなんて・・。膝から、力が抜け、かんなは、その場に、膝まずいてしまった。
「ちょっと・・。」
昼過ぎの穏やかな日。行き交う人が、かんなの、異常な行動に気づいて立ち止った。その様子に気づいて、大翔の母親が、飛び出してきた。
「あなた・・。もしかして?」
覗き込む母親にかんなは、申し訳なさそうに、頷いた。
「すみません・・・。」
「どうして?ここに?あの子とは、逢わないでって、言ってあるわよね?」
「渡したいものが・・。」
かんなは、絵画の包みを渡した。
「ご両親の渡さなくちゃと、思って、尋ねたら・・。」
「あぁ・・。」
母親は、目を伏せた。
「紫苑の絵ね。」
「そうなんです。すみません。」
またしても、かんなは、謝った。自分が、再び、絡んでいる事が、申し訳なかった。
「彼の絵を管理していたのは、私なんです。」
「そう・・。」
母親は、険しくも、それでいて、優しい表情になった。
「あなたなの?紫苑が、言ってた、絵を描く目的になったって人は。」
「私かどうかは、わかりません。」
「どうかしら?あなたのような気がするけど・・」
母親は、店に入るよう促した。
「少し、話したいんだけど、時間あるかしら?」
「大丈夫です。」
母親は、店の隅の喫茶コーナーに移動した。
「紫苑を置いて、家を出たの。僕は、行かないって。ママは、ひろの所に居てあげてって・・。パパだけ、置いていけないからって・・。」
少しずつ、話し始めた。
「時々、逢いに行った。絵が上手で、でも、逢う事は、元夫の禁じられていて・・。彼も、再婚したから、まずいんじゃないかって。互いに、別の家庭があったから。だけど、紫苑が、病気だって、聞いて、逢いたくて、逢いたくて・・。」
母親は、紫苑の事を心配していた。
「紫苑を、丈夫に産む事が出来なかった。大翔だけは、元気だったのに、あんな事故に合うなんて。」
かんなは、それが、自分が原因である事が言えないでいた。
「大翔は、紫苑が兄である事は知っているんですか?」
母親は、首をふった。
「彼は、今、自分の事を紫苑だと言いだしているんです・・。」
「えぇ?」
「記憶が、戻ったと思ったのは、間違いで・・。」
「そんな事が?」
「感性が似ていたせいかとおもったんですけど・・。」
兄弟の血がおこした事なのか・・。母親は言った。
「私が逢いに行く時は、何も言わないんです・・。紫苑なら・・。」
「紫苑として、逢ってみますか?」
母親は頷いた。
「一緒に行ってくれますか?」
「すぐ、行きます。」
母親は仕度に出て行くのだった。