事実。その一。
どういう顔をして、座っていたらいいのだろう・・。かんなは、紫苑の母親と逢っていた。
「いつか、返さなくてはと思っていたんです。」
かんなは、紫苑が最後に描いていた絵を持ってきていた。
「本来ならば、あの絵を渡すべきなんでしょうが、もう、私達の手からは、離れていってしまって・・。」
「別に、いいんです。」
紫苑の母親は、薄い笑みを浮かべた。年の割には、若く見える。彼女に紫苑の面影を探そうとしたが、少しも、見出すことが出来なかった。
「あの子が、選んだ道が、間違ってなかったという事で、あの人も満足でしょうから・・。」
「あの人?」
あの人と聞いて、かんなは、眉をひそめた。
「あぁ・・。主人です。やっぱり、忙しい人ですから。最後まで、血の繋がった子と、わかりあえなかった事を後悔していましたから。」
何処か、他人行儀な紫苑の母親に、違和感を覚えた。
「私?」
それを、感じたのか、母親は告白する気になったようだ。
「似てないでしょう?」
細い指で、自分の腕を撫で上げた。
「紫苑は、私の子でないんです。あの子の母親は、下の子だけを連れて家を出ていました。」
今まで、紫苑の家庭環境は、知っているつもりでいた。実業家である父親と、うまくいっていない事は知っていたが、母親が、実母でない事は、知らなかった。
「紫苑のお母さんは、紫苑が亡くなった事を知っているのですか?」
目の前の母親は、首を振った。
「出て行ったんだから、知らせる必要はないと言われましたが、そんな訳には行かないので、私が知らせました。後から、人知れず、お墓に来ていたようです。」
その時を思い出したのか、うっすらと涙を浮かべた。
「出て行ってから、紫苑の体の事も知ったようです。でも、あの人が出て行った事を、許してなくて、逢わせる事を拒んでいました。」
「そんな・・。」
かんなは、紫苑が亡くなって、初めて知った事実に動揺した。
「じゃあ・・。紫苑の本当のお母さんは。」
「生きていますよ。身近に。」
目の前の母親は、かんなが、渡そうとしていた包まれた絵画を押し戻した。
「だから・・。貰うのは、家の人ではなくて・・。」
紫苑の父親だって、紫苑の絵が欲しいだろう。だが、
「きっと、彼女も、後悔していると思います。この絵は、彼女に渡してあげて・・。うちの人は、紫苑の名が知られただけで、満足だから。」
「どこに・・。何処に、いるんです?」
「私から、聞いたって、言わない約束なら。」
かんなは、紫苑の母親に逢い、二度、驚く事となる。