本当の紫苑に。
どうしても、どうしても大翔の事が気になる。かんなは、もう退院してもいい事になっていても、病院から、出ようとしなかった。と言うより、犀椰が、とどまるように言っていた。
「結婚も落ち着いてからでいい。」
解消したいと申し出た犀椰の答えだった。
「彼に悪いから?」
怪訝な顔する犀椰に、首をふった。
「彼に同情して?」
ためらってから、頷いた。本当は、そうではない。大翔が、気になって仕方がない。体の傷より、心の傷が痛む。
「僕もさ・・。君にお願いがあるんだ。」
犀椰は、持ってきた紙袋をかんなに渡した。
「彼に描いてもらいたいものがある。」
「犀椰。もう、辞めたのよ。」
「彼は紫苑なんだろう?」
「そうは・・。言ってるけど、混乱しているだけかも。」
「いや・・。紫苑で、いてほしいんだ。」
画材道具が、たくさん入っていた。
「描いてもらうんだ。彼の絵はうちで扱う。あれ1枚だって、賞をとれたんだ・・。これからだって、凄いと思うよ。」
「犀椰。大翔として、描かせてあげて。私のした事は、間違いなんだから。」
「君も・・。紫苑の方が都合がいいんじゃないか?今から、大翔としても、時間がかかるよ。」
かんなは、黙った。
「紫苑を生き返らせるんだ。誰も、知らない。生前の作品だって事にすればいい。生前の方が、いい絵だったって事になるかもしれないし。」
「紫苑の絵にするというのね・・。」
「違う。彼が紫苑なんだ。かんな。最初から、彼が紫苑だったんだ。賞をとったのも、彼なんだし・・。間違いを正すだけだよ。かんな。みんな幸せになれる。」
「大翔は、すーっと、絵をかける?」
「そうだよ。ずーっと、絵をかける環境を与えてやるさ。僕らの傍で。」
かんなは、そっと、紙袋を受け取った。
「約束して。」
「結婚は予定通りだよ。」
「彼を守るって・・。」
「大丈夫だよ。描き手は、守るさ。」
窓の外を青い光が通っていった。
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最近は、年下の男性が流行りとか、よく聞いていたけど、まさか、自分がそうなるとは、思っていなかった。秀香は、紫苑の病室に向かっていた。リハビリも順調で、平行棒を使っての、歩行訓練も熱が入っていた。大翔を喜ばせようと、いくつか画材道具も用意していた。花籠と道具と手が一杯になっていた。
「紫苑?」
秀香は、病室に入るなり、そう呼んだ。大翔は、秀香にそう呼ばせていた。
「ん・・。」
大翔は背を向け、何かを一心に描いていた。と言うより、剥いていた。
「どうしたの?」
「面白いなって思って。」
大翔は、秀香に剥きかけたリンゴを見せた。
「ほら・・。」
細いナイフで、幾つも線を引き、デザインをひいていた。少し、リンゴは、色が変わっていたが、その線の美しさに秀香は、しばし見とれた。
「これはさ・・。食べれないね。」
「それは、どういう意味。勿体なくて?それとも、汚くて?」
「両方!」
秀香は、笑った。
「プレゼントがある。」
「秀香は、持ってきた画材を差し出した。
「描いてほしいの。弟さんには、怒られるかもしれないけど、やっぱり、絵を描くのが、あなただから・・。」
道具を見て、大翔は、にっこりほほ笑んだ。
「ありがとう・・。」
本当に嬉しそうだった。
「これから、いろいろお願いがあるんだ。力になってくれる?」
大翔は秀香を見上げた。
「いつでも、力になる。」
二人が笑いあう中、かんなが現れた。