朝焼けの日。
朝焼けが綺麗だった。うっすらと、薄紫の雲の間から、オレンジの光が覗いていた。特別な一日になるかもしれないという予感の朝が、何度もあったが、一度だって、特別にいい朝なんてなかった。人より、感受性が強かった。誰よりも、強く、情熱的に見られたが、実際繊細で、人より、傷付きやすかったと思う。紫苑との関係は、微妙だった。答えを出さないでいたかった。きっと、かんなも、同じだと思っていた。かんなと紫苑は、同じ世界で生きていた。哀しいくらい細い神経の張り巡らされた中で、お互いを支え合っていたと思う。自分は、発散できない悲しみ、怒りを絵にぶつけてきた。悪くいえば、雑で、下品な絵だと思う。芸術家向きではなかった。ただ・・。傷つきやすい心だけがあった。3人とも、傷をなめあった関係だった。そんな気がする。あの朝も、特別な日が始まっていた。紫苑の旅立った朝も、朝焼けが綺麗だった。あの日から、全てが変わってしまった。かんなが、異様に絵に縛られていった。それは、絵の中に紫苑の生きる価値を見出そうとするかの様にも見えた。自分とは、違う。秀香は悟った。かんなの行動は、紙一重の気の触れた芸術家にも、見えた。そして、アトリエの火事。あの日から、かんなと自分の道は別れた。才能があると、可愛がりたいと思っていた大翔は去り、自分も絵から、離れた。それから、何年たっただろう・・・。思いがけず、大翔が訪ねてきた。朝焼けのやけに綺麗な日だった。
「特別な日が始まる・・。」
まさに、その通りだった。その日に、大翔は事故に合い、しばらくして、かんなから、連絡があった。
「大変な事になった・・。」
行ってみると、そこに、大翔が居た。姿は変わらないのに、何かが、秀香に告げていた。
・・・大翔ではない・・・
そう。紫苑だ。あの日、全て、あきらめ、かんなに譲った紫苑がそこに居た。
「還ってきたのね?」
自分で何を言ってるのか、わからなかった。そこに居る大翔に向かって言っているのか、どこかに、眠っている紫苑の魂に向かって言っているのか、判らなかった。ただ、懐かしかった。
「久しぶりだな・・。」
大翔は笑った。
「また・・。君の絵が見たい。」
秀香は、頷いた。
「いくらでも、描く。」
そっと、大翔に触れてみた。若い男性の匂いがした。
「本当に、紫苑なの?」
「そうだよ。」
大翔は、秀香の頬に、自分の鼻を押し当てた。紫苑の風変わりな挨拶だった。
「また・・。絵が描きたい。描かせてくれる?」
秀香は、頷いていた。
「今度はあたしが、守るから。」
今日は、きっと、特別な朝が始まっていたに違いない。今日から、また、始まる。いつの間にか、秀香は、自分から、大翔の唇を求めていた。