真の思い人。
指先が感覚を覚えているようだった。何度も、壁を確認し、指先で、絵を描いて居る様だった。
「絵はさ・・。」
もう、絵から離れていると思っていた。絵を始めた頃は生き生きしていた。家族の中で、離れていて、いつも、孤独そうだった。自分が病弱なせいで、家族の中心は自分だった。だから、兄が夢中になれる絵が出来た事は、嬉しかった。その兄が突然、絵を描かなくなった。その原因が、かんなである事に、気づいていた。かんなの影響で始まり、かんなで、終わった絵だから、仕方がないと思っていた。でも、そのかんなが、大翔の腕だけに魅かれていたと知った時、憎しみが湧いてきた。兄に、かんなを近づけてはいけない。また、かんなは、大翔を利用する。
「兄さん。そろそろ・・。帰るから。」
無心に、壁をなぞっている。絵を諦める事はないのか?
「もうさ・・。来なくてもいいよ。」
一人でも、兵器だという。
「でも。脚が。」
「少しずつ、リハビリもしてるし、自分で出来るようになる。」
「心配だから。もう、ここでする治療もないって、言うから、退院までは、来るよ。通って、リハビリすればいい。僕も、付き合うし・・。親父達に心配かけたくないから。」
「親達?」
まだ、記憶は不鮮明だ。親の事は何も、思い出せてない。何とか、拓未の事は、家族とは、認識しているが、弟とは、理解で着てなかった。それが、無性に哀しい。
「早く、帰ろうよ。」
そう言うと涙が出てきた。
「ごめん・・。」
手の甲で、拭うのを、大翔は、見つめていた。
「泣くなよ・・。」
「何か・・。いろいろあって。」
「お前が泣くと、辛い。」
そう言って、目を伏せた。
「取り込み中かしら?」
そう言って、現われたのは、秀香だった。
「何度か、来ようとしたんだけど。時間がなくて。」
そう言いながら、持ってきた、花籠を枕元に置いた。
「覚えてる?いろいろあったって聞いたから」
覗き込む秀香の顔をみて、大翔の顔色が変わった。
「君は・・。」
「名前を言って。」
「それは・・。まだ。」
拓未が止めに入った。
「まだ・・。無理があるから。」
「聞いてみたいのよ。」
秀香は、笑った。
「かんなから、事故の事は、聞いたわ。今、混同しているって、あなたは、誰?」
「僕は・・。」
大翔は、混乱している。
「あなたまで、やめてください。もう、絵からは、離したいんだ。」
「それは、無理よ。彼は、絵から、離れられない。魂が違うの。似ているのよ・・。」
「また・・。あの名前か。」
拓未は、紫苑の名を出さないでいた。それが、キーワードであり、大翔が、豹変するのが、怖かった。
「紫苑・・。そう呼びたいのか?」
一瞬、大翔が、目を覚ましたようだったが、すぐ、表情は、別のものになった。
「秀香?」
「そうよ・・。待っていたの」
秀香は、大翔も見据えた。
「あなたが、誰だとしても、もう一度始めよう。そう考えた。ここから、始まるの。」
拓未は、そっと、病室から出た。大翔が、泣いていた。秀香も。その場に自分がいる理由がなかったからである。大翔は、紫苑として、生まれ変わるのか。また、絵に縛られた運命が始まる。