君へ戻る。
「大翔・・。」
かんなは、それ以上、言葉が出なかった。間違いなく目の前に居るのは、大翔なのに、表情もしぐさも、あの日から、時を経ていない紫苑のそれだった。
「かんな・・。」
大翔は、かんなを見据えた。
「兄さん・・。そんな冗談は。」
緊迫した空気に拓未は、割って入った。
「兄さん?」
大翔は、笑った。
「誰の事?」
「ふざけるなよ・・・。」
ベッドの端を叩く拓未。
「とにかく、かんなさん。今日は帰って!二度と顔を出さないで。」
拓未は、かんなをドアに押しやった。
「もう、かかわらないで」
ドアを閉めようとした時、犀椰が立っている事に気が付いた。
「あなたは・・。」
拓未は、ゆっくりと、二人を交互にみつめた。
「婚約者。」
かんなは、ポツリと言った。
「意識は、戻ったのか?」
犀椰の問にかんなは、頷いた。
「彼が・・。」
犀椰は、大翔が、何者なのか、うっすらと気づいていた。彼の絵に紫苑と同じ才を見つけ出し、最後の絵を仕上げ、この地位にのし上がった事を知っていた。
「紫苑です。」
大翔が笑った。
「どういう事?」
犀椰は、かんなを見つめた。
「・・・。」
黙って、首を振るかんな。
「だから・・。」
業を煮やした拓未は、二人を無理に押し出した。
「帰って。」
「お願い!」
かんなは、叫んだ。
「伝えたい事があるの。二人にして、欲しい。」
「無理ですから。」
拓未は、強引にドアを閉め、大翔を振り向いた。
「もう、ゆっくり休みなよ。」
「充分、眠ったよ。」
大翔は、ペンを渡すよう手招きした。
「紙も欲しい。」
拓未は、下の売店で買ったスケッチブックを渡した。
「何も、覚えてないから・・。何かのキッカケにって。」
「キッカケは十分あったよ。」
拓未から、受け取る仕草は優しかった。
「ありがとう・・。」
「兄さん。」
ペンで、少しずつ何かを描き始めていた。
「そうだ・・。」
何かを、少しずつ思い出しながら、描いているようだった。
「どうしても・・。」
上手く、思い出せないのか、少し、苛立っているようにも、見えた。
「あのさ・・。」
布団を、はずしていた。
「いつになったら、歩ける?」
「あぁ・・。」
歩けないのが原因で苛立ってるのか?かんなの事ではないと知って、少しほっとした。
「行きたい所があるんだ。」
「いいよ。俺が連れて行くよ。許可とってくるから、待ってくれる?」
「連れっていってよ。」
「どこ?」
大翔は、すぐにでも、行きたそうだ。
「待ち合わせしてるんだ。」
「待ち合わせ?」
「アトリエ。」
はっとして、顔を上げた目線が、大翔とぶつかった。
「行ったほうが、いいだろう?本当に俺が誰かわかるから。」
拓未の知っている大翔ではないのか。紫苑という人格なのか、立ち上がろうとする大翔が、恐ろしく感じた。
「兄さん。待って!」
「放せ!」
止めようとする拓未を大翔は、振りほどいた。
「ないんだ!あのアトリエは、先週、改装工事で、取り壊されたんだ。」
「壊された?」
「そうなんだ。」
大翔は、がっくりと、ベッドに倒れこんだ。
「絵は?」
「えっ?」
「あそこにあった絵は?」
「もう・・。ないみたいだ。」
「そうか・・。」
大翔は、泣いているようだった。