紫苑目覚める?
病室のカーテンが揺れていた。風はまだ、冷たい。
「空気も入れ替えないとね。」
拓未だった。兄の事故の話を聞いて、慌てて駆けつけたのは、両親ではなく、拓未だった。あれほど、病弱だった、彼もすっかり成長し、丈夫な青年に成長しつつあった。
「脚はさ・・・。真面目にリハビリしないと」
事故のダメージは脚にも来ていた。意識を取り戻してから、少しずつ、ベッド上で、リハビリをしていた。あの事故から、1か月以上も経つ。ダメージが大きいのは、下肢に来ていた。膝関節は、複雑骨折していた。何回かの手術が、必要だった。何度も、リハビリしながら、時を経て、手術をする。そうしないと、歩けない可能性があった。
「絵・・。描く?」
意識を取り戻してから、あまり会話がない。もともと、仲のいい兄弟ではなかったが、今、会話のない事が、この上なく、悲しかった。複雑な家庭環境だったが、一番傍に居てくれたのは、大翔だった。
「この窓からの景色もいいよ」
ポツンと拓未は言った。景色も何も、変わらない。あんなに元気だった大翔は、変わってしまった。意識を取り戻した今も、天井を見ているだけだった。何があったのかも、自分が誰であったのかも、思い出せない。更に、拓未を悩ませたのは、大翔の事故だけではなかった。
「入って、いいかしら?」
現われたのは、もう、何年も前に、消息を絶っていた。拓未の家庭教師だったかんなだった。
「あ・・あぁ、どうぞ」
拓未は、戸惑っていた。事故にかんなも、関係しているようなのだが、かんなも、怪我をしていた。
かんなの怪我に、大翔が、関係しているようなのだが、かんなが、否定し、大きな事には、ならないですんでいた。かんなの顔を見た時、拓未は、胸騒ぎが起きていた。兄が絵に関心を持ったのも、かんなの影響である。絵を描いている時の大翔は、生き生きとし、輝いていた。拓未も、何回か、大翔の絵を見たことがある。絵の才は、判らないが、あの、兄にこんな才能があるのかと感動していた。荒れていた兄は、生き生きしだすのが、よくわかっていた。だが、いつしか絵から、離れていき、あまり話さなくなっていった。もう、絵の事は、忘れてしまったのかと思った時、かんなの噂を聞いた。絵で、成功したと聞いた。海外に結婚して行くとも・・・。そのあたりから、大翔の様子が変わっていった。全て、かんなが影響している。そのかんなが、顔を出していた。
「大翔君。様子は?」
「変わんないっすよ。」
邪見に扱った。兄の前に現われてほしくない。
「何も、覚えてないみたいです。勿論。」
拓未は、かんなを見た。
「あなたの事も。」
「拓未君・・。大人になったのね。」
「お蔭様でね。」
拓未は、大翔の傍に行った。
「親の力借りなくても、十分、兄の世話ぐらい出来ますから。あなたも、婚約者の所に行ったほうがいいいんじゃないですか?」
「大翔君と二人にしてほしいんだけど。」
「それは、無理です。」
大翔は、かんなと目があうと、ゆっくりと微笑んでいた。
「大翔君・・。」
かんなの胸に紫苑が浮かんだ。大翔まで、自分の絵の中に閉じ込めてしまった。そんな罪の意識があった。
「大翔?」
かんなにそう呼ばれて、怪訝な顔をした大翔。
「みんなそう呼ぶね。」
拓未をみつめ、笑う。
「僕はそうなのかな。」
「そうよ・・。」
かんなは、大翔をみつた。
「大翔っていうの。よく、絵を描いたの。」
かんなは、大翔の傍に行きたがったが、拓未は、許さなかった。
「ごめん・・・。かんなさん。帰ってほしいんだ。」
「僕はさ・・。」
大翔は、言った。
「大翔じゃないよ。僕の名前はさ・・。」
かんなは、ぞっとした。紫苑の声に聞こえたからだ。
「紫苑だよ・・。」
拓未は、驚いて、大翔の顔を見た。
「忘れたの?」
そう言う大翔の顔が怖かった。