春の眠り。
その空間に彼は居た。かんなの意識が戻らない間、何度か手術を繰り返したらしい。脚が、複雑骨折していた。しばらくは、自分で歩く事もままならないらしい。車椅子生活のままだ。しっかり、歩けるという保証は今はない。膝が、粉々になったと聞いた。もっと、重傷なのは、頭と顔だった。包帯で、いくつも、まかれていた。そこにいるのが、大翔だとは、誰も、わからない。少し、覗いて見える唇も、腫れており、別人だった。
「手は・・。」
無理を言って、大翔に会いにいったかんなは、大翔の指を確認していた。
「あぁ・・。」
思わず、安堵の声を漏らした。少し、傷だらけに、なっているが、指は、つながっていた。深い傷はないらしい。
「大翔・・。」
まだ、眠っている彼に話しかけていた。
「ごめん。」
「まだ、無理だから。」
ガラスごしの面会に犀椰は、かんなを制した。どうしてもと、言うかんなを、車椅子に乗せて、面会しに来ていた。かんなも、決して大丈夫という状態では、なかったが、どうしても、顔を確認したいと言って、聞かなかった。大翔の家族を教えるという、条件で、病院が許可していた。
「ごめん・・。」
何度、謝っても足りない。せめて、大翔のあの繊細な指が、無事だったのが、嬉しかった。
「彼が・・。」
かんなの思考に、犀椰が、割り込んできた。
「君が以前、言っていた才のある青年?」
かんなは、頷いた。
「彼の絵のお蔭で、今の自分があるの。」
大翔の絵で、自分も、紫苑も生き返った。
「大翔・・。」
涙が、こぼれてきた。どうして、自分は、大翔達を、不幸にするんだろう。紫苑も、亡くなった。紫苑の親は、絵を世に出すことの拘った。そうする事で、かんなを許すとしていた。紫苑と同じ才を持つ、大翔に逢った時、久しぶりに心が、震えた。魅かれていくのを、押し殺し、その才を、紫苑に使う事にした。紫苑の念願をかなえる事で、この世に繋ぎ止めようとしていた。
「結局・・。」
紫苑が生きれば、大翔は、死ぬ。その両方が存在する事はないのだ。紫苑の絵は、大翔の魂を吸い取ってしまった。そう、思わずにいられない大翔の様子だった。
「今は、眠っているみたいだよ。」
犀椰は言った。
「休ませてあげよう。君が、意識を戻すずっと、前に、意識を戻していたんだ。何も、わからない様子だったよ。」
優しい犀椰の声だった。
「もう、戻ろうか・・。」
大きな画商の犀椰。ずっと、年上だった。何度か逢う内に、向こうから、声をかけてきた。当然、絵の話はあう。いつしか、逃げるように、かんなは、犀椰と、一緒に居る時間が長くなっていた。
「一緒にきて、欲しい。」
フランスへ戻るという犀椰に、この世に嫌気がさしていたかんなは、飛びついた。新しい世界で、新しくやり直せる気がしていたのだ。・・・・それなのに。今、過去が、追いかけてきた。
「大翔・・。」
もう、尋常でなかった。嗚咽がもれ、声を出して泣いていた。かんなの様子に犀椰は、うすうす何があったか、気づき始めていた。
「部屋に戻るよ・・。」
そう言いながら、何も聞かなかった。何かがあったかもしれない。でも、かんなが、何も言わない今、自分が、騒ぐ必要もないと思っていたからである。そして。彼も、やはり絵の世界の人間である。才のあると信じてるかんなの言う才のある大翔の腕に、興味があった。とかく、この絵の世界の人間は、感性のみで、生きているから、理屈で通用しない事が多い。
「ごめんなさい。」
これしか言えなかった。
・・・・人は、失ってから、その大切さに気づくんだよ・・・・・
紫苑の優しい声がした。
・・・・今からでも、遅くないよ・・・・
今、大翔の、瞳が、開き始めていた。