表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/51

呪縛・・・。その三。

かんなに逢う為に、車を走らせた俺は、ふと、あの絵を思い出していた。あれは、その後、街の図書館に寄贈されていたと聞いた。あの日以来、目にした事がなかった。自分の記憶と気持ちを確認する思いで、車を向かわせていた。

「あぁ・・。」

目にして、ため息をついていた。そのため息さえも、大きな雑音となりかねない、静寂だったが、その中に、あの日見た、絵はあった。

「紫苑・・。」

絵の下には、確かにサインがあった。赤と茶の混じった絵具の、端に、黄色く殴りつけたサイン。そう、紫苑が生前に描いたものをマネたものだ。

「これはさ・・。」

俺なんだ。上手く、気持ちを伝えられなかった。あの時、息が出来なかった。家の中にいて、自分の居場所がなかった。それでも、ここに、自分は居ると叫びたくて、気づいてほしくて、混沌とした俺の姿なんだ。ピュアな絵を描くかんなに魅かれていた。ピュアで、居たいと思っていた俺は、まだ、不完全で、人に慣れないでいる獣のようだった。孤独で、それでいて、誰かを求め、飢えていた。

「紫苑もそうだったのか?」

だから、かんなに魅かれた?秀香のように、艶やかな情熱は、紫苑と同じ濃い光に満ちている。その対極にあるものに、魅かれていた。俺も。紫苑も。そして、秀香さえも、かんなのピュアに、魅かれていたのだ・・・。だが。今は、どうなんだろう?あの雑誌の中が、かんなの真実なのだろうか?かんなは、かわってしまったのか?

「久しぶりね。」

声をかけたのは、秀香だった。時々、街で、見かける事があったが、近くで、逢うのは、初めてであった。

「大翔。少し、大人になったのね。」

「ども・・。」

恰好がつかなかった。この絵に縛られているのを気づかれたくなかった。

「どうして、ここに?」

「仕事だからね。」

秀香は、笑った。

「意外と、地味で、驚いたでしょ?こう見えても、また、下っ端。資料集めなの。」

デザインの資料集めで、よく来るらしい。

「ちゃんと、大学行ってるらしいわね。何って言ったっけ?あの女の子から、聞いていたわ。」

咲桜里の事だ。よく、くっついてきた女の子。家庭環境が似ていた。それ以上の関係を彼女は、望んでいたが、俺のは、それ以上には、なれなかった。誰とも、本気で、という事がなかった。洋服を替えるのと同じだった。一番の心の中心が無くなっていた。

「咲桜里の事。逢ってるの?」

秀香は笑った。

「可愛い子じゃない?付き合ったらいいのに。」

俺が、表情を変えないのを見ると。

「まだ、かんなの事、引きずっているの?」

答えなかった。あの日から、俺が避けているのを、秀香は知っていた。

「変な二人ね。どうして、互いに避け合うのかしら?」

「避けてるわけじゃ・・・。」

「避けてるっていうの。」

俺も、かんなを避けていた。そして、かんなも、やっぱり、避けていた。

「許せないの?」

紫苑の事。と、秀香は、言おうとして、口を閉じた。

「最初から、何も、ないんだよ。」

そうだ。かんなも、紫苑の影も、何もない。最初から、出会ってないんだ。かんなという人はいない。この世界に。かんなは、俺を通して、紫苑と逢っていた。同じ世界にいるようで、違う世界なんだ。俺の世界は、ガラス1枚向こうなんだ。

「逢わない方がいいわよ。」

秀香が、意味深に言った。

「絵を見に来たって言う事は、何かあったんでしょう?かんなに、逢うつもりなら、止めてね。」

きっぱりとしていた。

「どうして?」

「やっぱり、逢うつもりなの?」

「聞きたい事があって。」

でも。もうその答えは出てる。

「言った方がいいかしら?」

秀香は、舌を鳴らした。

「諦めるために言ったげる。」

静寂が嫌だった。

「かんな・・。ね。」

俺の気持ちを確認する?その答えになるのか・・。

「結婚するの。結婚して、海外に行くの。だから、そっとしておいて、」

「は・・。」

笑った。

「それは、良かった。」

秀香の顔が、引きつっていた。

「本当に、そう思っているの?顔が怖いけど。」

「思っているさ。」

思っていない。かなりショックだ。手が震えている。

「それなら。逢っちゃダメ。」

「ふ・・。」

判った。

「わかったよ。最初から、逢うつもりなんかないから。」

どう、出て行ったか覚えていない。でも、秀香の言った事が、ショックだった。互いに、多くの時間が、流れてしまった事を感じた。あの日から・・。紫苑の絵の呪縛に縛られ、多くの時間が流れていってしまった。俺の気持ちもいったい、どこへ消えてしまったのだろう。あの火事の日に、全て変わってしまった。もう、かんなに、逢わないほうが、いいのだろう。そう思いながら、約束の時間が、過ぎていくのが、気になって仕方がなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ