呪縛・・・。その二。
躊躇いながら、携帯の番号を探していた。もう、何年も前に消していたはず。迷いながら、消したり、着信拒否したりしていた。結局、アドレス預かりにしていた自分を恥じた。番号が変わっていないなら・・。そう思いながら、携帯をかけた。車のエンジンをかけながら、かんなが出てくれるのか、不安で仕方がなかった。バカみたいだった。
「はい・・。」
何回かの、気の遠くなるほどのコールの後、懐かしい声の人は出た。
「あの・・。」
何て言おうか?
「お久しぶりです。」
チグハグだ。
「誰?」
しばらく、間があった。番号を変えていなかった事がうれしくもあり、残念でもあった。このまま、連絡がとれないほうが、良かったかもしれない。
「大翔・・。だけど。」
本当だったら、話したい事がたくさんあった。何とか、大学に進んだ事。車の免許をとった事。家族とは、上手く、いっている事。でも、一番、話したいのは、絵を辞めてしまった事だった。自分の存在が、紫苑の変わりであった事が、悲しかったとは、言えなかった。そして、何より、自分の魂を込めた作品が、紫苑のそれだと、言われ評価されてしまったのが、悲しかった。かんなと自分の合作でありたかった。
「大翔。」
かんなは、繰り返し。そして、息をのんだ。
「ごめん。今、忙しいの。」
もう、俺と話すことはないらしい。もう、同じ時間を共有する存在では、なかった。
「雑誌みたんだ。いろいろ・・。がんばっているんだなって。」
離さない方が良かったんだろう。俺たちは、特に何かがあったわけではない。恋人でもないのだから。
「ありがとう。それだけ?」
かんなは、早めに電話を切りたがっていた。
「逢える?」
自分でも、驚いた。かんなが逢ってくれる筈はない。
「大翔と?」
「あの時の事、聞きたいから」
「あの時って。」
「俺と逢って、最初のコンクールの絵の・・。紫苑さんの。」
「あぁ・・。」
心なしか、かんなの声が沈んだ。
「あの時は・・。」
その声は、昔と変わらなかった。
「ありがとう。大翔のお蔭よ。いいモデルだった。」
「モデル?」
「って・・。いうか。」
言葉を探していた。
「紫苑の代わりが欲しかったの。」
俺が傷ついても、平気なんだろう。かんなは、続けた。
「どうしても、紫苑の夢を果たしたかった。途中で、終わってしまった絵を仕上げたかった。秀香は、反対したわ。あたしの力だけで、新しい絵を、書上げろって。」
紫苑が、描くのを辞めてしまった絵。亡くなった後、それは、もう誰もが、終わったものと、忘れ去り始めていた。
「忘れる事なんて、出来なかった。紫苑の絵を仕上げたい。その時、あなたに逢った。」
「俺はさ・・。」
別に代わりでも、良かったと、言いたかった。
「紫苑の代わりだった訳だ。」
確認してしまった。
「そういう事になるわね。」
きっぱりとした言い方だった。
「かんな・・。直で、逢えないかな。」
「逢っても仕方ないと思うけど。」
「携帯では、聞きにくいんだ。」
下手な嘘をついた。
「1時間後で、いい?まだ、取材の途中なの。」
「いいよ。」
思い声になった。もう、かんなは、自分のしっているあの人では、ないらしい。
「かんなの家近くに行くよ。変わってないんだろう。」
「わかったわ」
あっさり、携帯は切れた。何て、悲しい終わりなんだろう。かんなにとって、俺は、紫苑の魂をいれる憑代にしかなかったのか。かんなは、俺を通して、紫苑をみていた。俺を通して、紫苑との時間を取り戻していたのか・・。もう、何も、考えられなくなっていた。車を、注射場から、出し、夜の街に向かっていった。