呪縛・・・。その一。
どんな事をしていても、かんなの事を忘れる事は出来ないと思っていた。何年経っても、消しても消えない心の傷となって、かんなの影は、心の奥にあった。きっと、かんなにとって、紫苑がそうであったんだろう。それでも、日々の忙しさがかんなとの事を過去にしてしまっていた。もう、かんなの事は、終わっていたと思っていた。
「久しぶりにさ・・」
最近、通い始めていたフィットネスで、知り合ったインストラクターの彰が、声をかけてきた。
「美容室で、雑誌を見てたらさ。」
滅多に、彰が、読みそうもない雑誌だった。結構、売れてる雑誌なのに、こんな田舎の出身者の記事が載っていたので、購入したという。
「昔、絵描いてたって言ってたろ?」
無関心を装って、彰の抱えていた雑誌を見た。
「結構、こんな田舎でも、綺麗な人もいるんだな。」
フィットネスの、更衣室は、男臭く、シャワーを浴びに出ていく人で、湿気に満ちていた。その中で、彰は、自慢げに、そのページを開いていた。
「俺。タイプ。」
そう言いながら、開かれたページには、どこかで、見たことのある女性が、写っていた。
「知ってるか?」
知らない訳がない。あんなに、苦しんで、忘れようとした人の顔を。
「いや・・。」
そう言いながらも、俺の顔が、本当の事を答えていた。
「知ってる顔だな。」
2ページになるインタビュー記事だった。気にならないふりをしながらも、俺の目は、記事を追いかけていた。
「気になるか?」
答える間もなく、俺の手は、着替えるのも中途半端に、雑誌を掴んでいた。
「ごめん・・。読みたいんだ・・。」
きっと、声はかすれていたと思う。目が、文字を追っていた。俺の中では、急に時間がさかのぼり、あの日にいた。あのコンクールの日。紫苑という画家の名の俺の絵。
「そうだ・・。」
インタビューに、その時の事があった。あの後、紫苑の名で、賞をとったかんなは、実際、自分の力で、次々に、賞をとっていった。少しずつ、力をつけていき、少しは名が、売れるように、なったらしい。当時の話もあった。
「俺の事も・・。」
一つの、絵の肥やしになったらしい。あんなに、苦しみ悩んだ時間もかんなにとっては、ただの、絵を描くための肥やしだったらしい。
・・・・どこにでもある、つまらない絵が刺激になって・・・
かんなは、そう答えていた。
・・・・自分の眠っていた感性を目覚めさせ・・・
本当に、かんなは、そう答えたのか?
「大翔?」
俺の顔色の悪さに、彰が、声かけた。
「大丈夫か?」
「はは・・。」
笑える。あんなに、悩んでいたのは、なんだったのか?自分だけの、思い上がりだったのか?
・・・つまらない絵・・・
俺の絵。
「大翔?」
俺は急いで、シャツを着こむと、雑誌を小脇に抱えた。
「彰。俺やっぱり、ダメだ。」
そう、今まで、そう言いたかった。
「確認してくる。」
「辞めろよ。」
雰囲気を察して、彰は叫んだ。
「もう・・。昔の事なんだろう?」
「言葉がなかった。
「いろいろ・・。聞いていたよ。だけど。」
「ダメなんだ。」
そうだ。はっきりさせよう。俺にかんなは、何を見たのか。
「答えが、必要なんだ。前に進むために。」
そうだ。かんな。聞いておけばいい。後悔したくない。俺は、たぶん、そこに居るであろう。かんなの、自宅に向かっていた。