二人の絵。
何を俺は求め、考えているんだろう。義弟の家庭教師で現れたかんなに魅かれていた。そのかんなに、絵を描く事の充実感を教えられ、陶酔する事を覚えた。初めての満足感。何一つ、思いどうりに行かなかったけど、白いキャンバスの上でなら、自由だった。自由に表現で北。かんなを信頼していた。そのかんなが、自分のあの絵を捨てて、どうして、俺のつまらない絵に執着するのか、わからなかった。秀香もかんなも、その後ろには、顔を見た事もない、紫苑という人の影がみえていた。
「クソ!」
真っ直ぐ、画廊に行きたい気持ちと、避けてしまいたい気持ちが、俺を混乱させた。戻ろうか?そう思いながら、画廊にたどり着いてしまった。
香蘭展。
主催者の意図なのか、黒地に金文字で、細く描かれた案内が出てた。
「すいません。」
受付で、半分は社会寄付になるというチケットを買い、中に入ろうとした。
「あらっ?」
秀香だった、黒いスーツに身を包んだ女性が立っていた。明らかに、受付より、綺麗だった。
「久しぶりね。」
どうして、俺が来たか、わかっている風だった。
「こんな事、あたしも認められないと思うんだけど。」
耳元で、小さくつぶやいた。
「許してあげてね。」
その場所まで、案内した。何を聞き、何を見にきたのか、わかっているのだ。
「凄いわ。」
その絵は、ホールの奥にあった、誰もが立ち止り、見上げていく。それは・・。
「かんなよ。」
秀香は言った。俺の描いた絵ではなかった。否、正確に言うと俺だけの描いた絵ではなかった。
「仕上げたのよ・・。」
その脇にあるのは、俺の描いた原画。誇らしげに飾ってあるのは、俺の絵を元に、かんなが書き上げた「紫苑」という画家の絵だった。俺とかんなの合作だった。
「たぶん・・。寝ないで、描いたのね。」
まだ、粗削りな俺の絵を元に、かんなが、かきあげていった。たった一人で、何を思い、仕上げたのか・・・。紫苑の影が、かんなにそうさせたのか。
「許してあげてね。あの子、一つの事に夢中になると何も、見えなくなるの。」
「許す?」
何を?と言いたかった。紫苑の影を消すなんて、誰にも、出来やしない。狂ったように、絵を仕上げていくかんなの姿が想像できた。
「あんた達は・・。」
やめろ。そう心で、叫んでいた。この世界に、俺は、もう居れない。
「もう・・。」
首を振った。秀香が、話しかけようとしたが、俺は、目線を合わせなかった。
「大翔・・。待って、かんなをわかってあげて。」
「いいよ。もう・・。」
終わりだ。もう、絵を描く気になんて、なれない。
「お願い。描いて。絵だけは、辞めないで!」
秀香の声を背に画廊を後にした。それから、俺は、絵を描く事も、かんなの姿を目にする事もなくなった。そう・・。あの日までは。