疑惑。
あれから・・。ただ、時間だけが流れて行った。俺は、普通に学校に行って、親の面子を保つ為に勉強し、つまらない弟の面倒を見、世間でいういい息子になっていた。アトリエに顔を出す事もなかった。絵を描く事もあの日の事を思い出す事もなかった。適当に女の子とつきあって、たまたまのぞいたカフェの飾られた絵を鼻で笑っていた。俺の絵は、つまらない記憶の産物になっていた。アトリエの火事も、隠れタバコの不始末となっていた。
「あのさ・・。」
一生懸命話しかけていた女の子が真剣な顔をして俺をみつめていた。リスみたいな目をしていた。何で、俺はこの子と付き合っているんだろう?頭の中で、ふと、考えていた。
「さっきから、聞いている?」
「聞いているよ。」
俺は、取り繕うかのように、スマホを出した。
「友達から、連絡があってさ。」
嘘だ。
「行かなきゃ。」
女は、面倒だ。
「行くの?」
「またな。」
女の子が目で、引き留めた。
「噂を聞いたんだ。」
「何が?」
一口、氷をかじった。
「先月の、香蘭展での話なんだけど・・。」
亡くなった画家の遺志ではじまった絵画展だ。毎年、地味な画家が生まれる。
「賞をもらった絵にまつわる話なんだどね。」
「興味ないけど。」
「先輩。火事の後言ってたでしょ。」
火事と聞いて、俺の表情が変わったらしい。
「怖い顔しないで。」
薫子が、笑った。
「火事で、唯一残った絵なんだって、絵にまつわる話」
たぶん。それは、俺の絵だ。
「受賞したのは、亡くなった紫苑って人なんだって。変だよね。とうに、紫苑さんの絵は、金持ちの親が全部、持ち帰ったって、言われてたのに。」
「どういう絵?」
「だから・・。」
紫苑の描いた絵ではない。たぶん。それは。」
「みんな言ってる。紫苑さんに、受賞させる為に、誰かが出した絵だって。」
かんなだ。かんなが、絵を出した。でも、その絵が、本当に紫苑の描いた絵といいう可能性だってある。
「顔。ひきつってるよ。何か知っているの?」
薫子も、絵は描く。最近、アトリエに通い始めていた。秀香のファンだって言っていた。この界隈、独特の雰囲気のある秀香に憧れる女性は多い。
「秀香先輩が、とると思っていた人も多いから。謎なのよね。かんなさんは、出展しなかったっていうし、亡くなった人に賞をとらせるために、しくまれたって噂よ。」
あの日の、かんなの顔が脳裏にあった。忘れたはずなのに・・。コゲ臭い絵を慌てて、包んでいたかんなの手が震えていた。
「俺さ・・。」
手が震えていた。
「絵・・。今、何処にある?行ったんだろう?秀香さんを見に!」
「えと・・。」
薫子が、バックの中をゴソゴソしだした。
「あった・・。」
中から、クチャクチャになったパンフを引っ張り出した。
「ここ・・。」
俺は、薫子から、パンフを奪い取ると、店から飛び出していった。