残った絵。
きっと、その後だ・・。僕は、かんなのマンションへ、向かっていた。場所も、よくわからないのに。たぶん、この辺だろうという話を推察して・・。かんなの傍に行きたいと、思った。たまらなく。今、自分を必要としていてくれてる。そう感じていた。あのまま・・。僕が、アトリエに残っていたら、あんな事は起こらずに、すんだのに・・。僕が、それを知ったのは、かんなのマンションも、判らず、もう、引き返そうとしたその時だった。秀香からの、連絡だった。
「今、何処なの?」
「どうしたの?」
そう、言いながら、周りが騒がしいのが気になっていた。南の空の一角が、黒ずんだ煙に染まっていた。
「聞こえる?サイレンの音?」
けたたましいサイレンをたてた消防車とは、幾度かすれ違っていた。
「何処か、火事?」
「とにかく、アトリエ。早く来て。かんなには、連絡してあるから。」
火事。と聞いて、僕は、息を呑んだ。ほんの、さっきまで、僕は、そこに居た。たしか、何人この人もいたはずだ。とにかく、アトリエに向かおうと、電車で行くか、車をとめようか迷っていると、見慣れた人が通りかかった。
「大翔!」
気づいた彼女が先に声をかけた。
「かんな・・。さん。」
あわてて、さんをつけた。
「聞いた?」
青ざめていた。僕より、どうしたらいいかわからないといった様子だった。
「今・・。秀香から聞いて。」
携帯を握りしめ、スリッパのままだった。
「火事って。」
様子からみて、マンションは、近くのようだ。どうしたら、いいか、わからないかんなの手を、僕はひいて、走り出していた。
「近くまで、車拾おう!」
かんなは、逆らわなかった。
「アトリエが火事なの?」
「嘘だ。」
僕は言った。
「さっきまで、俺はそこに居た。」
何があったのか?車は、すぐに捕まった。アトリエに向かってもらったが、近くは、渋滞で、入っていけない。僕は、かんなを押し出すように、車から、降りた。
「アトリエは?」
もう、消火してしまったのか、煙は、薄く上るだけだった。
「絵は・・。」
たくさんの野次馬が見えた。生徒らしき姿も、チラホラ。僕らは、間を縫うように、アトリエに向かった。
「近寄らないで。」
何人かに、声をかけられた。それでも、無心で、かんなの手えお握りしめたまま、
「すいません。」
繰り返し言い、アトリエに近寄って行った。
「かんな!」
秀香だった。飛び上がるように、走り寄ってきた。
「秀香!」
絵は無事なのか?アトリエは?聞きたいかんなを察して、秀香は、首を振った。
「ボヤ騒ぎだったの・・。」
いろんな話声が飛び交っていた。携帯で話す人。パトカーの無線で話す人。聞き取るには、小さな声だった。
「建物は、無事だったんだけど。」
泣き出しそうだ。
「絵は?燃えてしまったの?」
かんなは、目を見張った。
「かんなぁ・・。」
そう言うと、秀香は、かんなに抱き着き泣き出してしまった。
「どうして・・。こんな事。」
「何があったの?」
「酷いよ。」
秀香らしくない動揺ぶりだった。
「絵は、燃えてないの。残ってる。」
そう・・。あの神々しいかんなの絵も残ってはいる。
「でもね・・。」
消火作業で、水で、ダメになってしまったのか?
「火が出る前に、切り裂かれていたの。」
たった1枚を残して・・。
「嘘・・。」
かんなは、秀香が居なかったら、座り込んだであろう。力を失っていった。
「みんな切られているって・・。さっき、先生が。」
火事は、ほんの、一角だった。倉庫の壁を焦がしただけで、済んでいた。ほっとしたのも、つかの間、確認に向かった教師が、見たのは、幾つもの切り裂かれた絵画の数々だった。
「俺の・・。」
かんなの絵。初めて書いた絵。
「1枚だけ、残っているって。」
秀香が、僕の顔を見上げた。
「あなたの・・。絵だけ。」
「俺の?」
秀香の指す方向に、幾つも、運び出された備品の脇に、見慣れた絵画が、置かれていた。
「大翔・・。」
かんなの目から、涙がこぼれた。
「良かった・・。」
初めて、かんなの素顔を見れた気がした。