もう、描けない。
ささいな事で喧嘩した。どうして、紫苑とは、ぶつかりあうんだろう・・。本当の気持ちを伝えたいのに、伝えられない。一番、分かり合える人なのに。
「待っててほしい。」
かんなは伝えた。
「待たない。」
紫苑は冷たく背中で答えた。
「何も、言う事はない。」
「紫苑・・・。」
言葉をかける隙もなかった。
「待ってるから。」
かんなは言った。
「待ってる・・。」
それが、嘘になった。紫苑は去り、かんなは、残った。
「あたしが・・。」
陽が傾いていた。あれから、いくつの、夜を迎えただろう。紫苑は、生きる事に執着してはいなかった。毎日、風のように生きられればいい。そう言っていた。その紫苑の書く絵は、かんなの心を掴んで離せなかった。似ていいる画風と言われても、紫苑には敵わないと思っていた。
「秀香?」
久しぶりに、アトリエに来ていた。もう、大翔は、何度も、通ってきていたという。なかなか、顔を出さないかんなに、秀香から、携帯が入っていた。
「来ないの?」
「なかなか・・。行けなくて」
それは、嘘だった。秀香に気を遣って事だった。
「待ってるわよ。」
大翔の事だった。
「あなたが、何を考えているかは、私もわかる。」
紫苑の事が背景にあった。
「彼は、似ているわね・・。」
胸が痛んだ。
「私に描かせようとして・・。彼をよこしたんでしょう?」
答えられなかった。
「彼。いい絵描くのよ。」
「秀香。」
「見た方がいいわ。」
秀香の目線の先には、大翔の書いた絵があった。暖かい女性の絵であった。
「私の絵より、これを出すべきね。」
秀香は笑った。かんなの、声を聴かずに、携帯を切った。
「かんな・・。いい加減、気づいてよ。」
秀香の後ろには、大きく裂けたキャンバスがあった。