アトリエの朝に。
光樹が、見下ろす町並みには、様々なネオンが輝いていた。景色だけは、変わらない。部屋も何も、変わらないのに、周りにいる人達が、変わっていった。紫苑が去ってしまって傷ついたのは、秀香やかんなだけではなかった。
「答えは出せないんだ。」
携帯で、紫苑は言った。
「結局、自分に負けたんだ。」
紫苑は、携帯の向こうで笑っていった。
「かんなには、何も言うな。」
光樹は、とめた。かんなに、遺恨を残させたくない。
「連絡しないでくれ。」
「それは、出来ない。」
「ダメだ。」
「声だけでも、聴きたいんだ。」
そのまま、紫苑の携帯が切れた。きっと、紫苑は、旅立つ前に、かんなに、連絡したんだろう。恐れていた事だ。連絡をとる事によって、紫苑は、かんなにとって、永遠に忘れられない男になってしまった。
「結局さ・・。」
光樹は、夜空に笑った。
「お前の勝ちなんだよ。」
かんなには、紫苑の影が染みついていた。もう、絵さえも、描こうとしない。光樹とかんなも、それ以上、何も変える事出来ないでいた。
「それが、狙いだったんだ。」
紫苑の眠りについた顔を忘れられないでいた。朝露に濡れた紫苑の顔は、透き通るように綺麗だった。アトリエの前のガーデンで、亡くなっていたあの朝。見つけたのは、かんなだった。光樹が、つく前に、かんなは、紫苑をみつけたいた。
「かんな!」
振り向いたかんなは、笑っていた。
「眠っているよ。紫苑。ずーっと、眠れないって言っていたから・・。やっと、楽になれたんだね。」
こわばった微笑みだった。
「綺麗な顔。」
同時だった。涙があふれたのと、かんなが、意識を失ったのは。
「どうして。どうしてなんだ!」
光樹は、絶叫した。
「紫苑が、死んじゃう。」
かんなからの電話を受けたのは、あの後だった。やっぱりと思った。最後にかんなの声が聴きたいと言った後だった。少し、遠くに行くと言っていた。海外に行く話は、何度もあった。また、その話だと思った。秀香や、自分との事もあったから、距離を持つ事で、ちょうどいいと思っていた。それが、違った。今朝、かんなと、アトリエで逢う事になっていた。かんなも、自分も、そこに、紫苑がいると知らなかった。紫苑の顔は、ほんのりと、ピンク色に染まって、生きていた頃より、綺麗だった。
「凍死だった・・。」
しばらくして、病院で、目を覚ましたかんなにそう言った。
「どうして?」
かんなは、それを言うと、また、涙をこぼした。
「あいつ。一人で終わりにしたんだ。」
かける言葉もない。
「ねぇ・・。光樹。」
かんなが何を言いたいかわかった。
「もっと、早く、そうすればよかったわね。」
「そうだな。」
誰にも、内緒で、育んできたもの。でも、それは、自分の思い違いだったかもしれない。
「別れましょう。」
黙って、病室から出た。二人の事は、なかった事になった。