かんなの絵。
どんなに、頑張っても、上手く出来ない。筆が進まない。こればかりは、どうしようもない。秀香は、諦めようと思っていた。どうしても、コンテストには、出したい。紫苑がなくなった時かたの、思いを絵にぶつけたいと思ったいた。でも、その思いが、果たせずにいた。何かが、邪魔をして、先に進めない。考えても、考えても、答えを出せない問題。もう、解けなくなってしまった問題。かんなは、もう、乗り越えてしまったのだろうか。
「もう・・。帰ろう。」
秀香が、帰ろうと、ジャケットを取りに行った時、ドアの開く音がした。
「あれ・・。」
入ってきたのは、大翔だった。
「早かったかな?」
「あなたは・・。」
秀香は、足と止めた。
「今度・・。ここで、絵を描かせてもらう事になったんだ・・。」
少し、照れながら話しかけた。
「絵なんて・・・・。苦手なんだけどね。」
あぁ・・。かんなだ。かんなが、彼を動かしたんだ。
「少し、進んだの?」
大翔は、秀香のキャンバスを覗き込んだ。
「あんまり、変わってないな。」
ぽかんとしてる秀香を前に、大翔は、興奮気味に話しかけた。
「コンテスト出すんでしょ?」
「そのつもりだったけど・・。」
本当に秀香は、行き詰っているようだった。
「描けないの。」
「描けない?」
その理由は、大翔には、わからない。
「煮詰まるのよ。上手く、頭の中が整理できない時みたいにね。」
「それは、俺には、よくある。」
大翔は、右手で、頭の前をくるくる回した。
「進路の行き詰っているよ。何をしたら、いいのかわからない。」
笑った。
「親も、俺の事は、あまり気にしないから、気楽でいいけどね。」
それは、嘘だ。気にされなくて、寂しい。
「新しい事を見つけるのも、いいかな・・。なんて。」
「絵を描く気になるなんて、どうしたの?」
「うーん。どうしてだろうね。」
その世界にいる人の気持ちが知りたくて。なんて、まだ、言えない。
「俺にも、何か、表現できるかなって、思ったんだ。俺も、表現者なんだと思う。あなたもでしょう?」
言われて秀香は、はっとした。
「あなたは、絵で、表現するんでしょう。」
最初は、そう思っていた。紫苑といた日。自分の気持ち。日々の思い。それらを、込めて描いていた。でも、紫苑が去った今。描き綴っていた日記は、そこで、とまってしまった。
「描けなくなってしまったの・・。」
紫苑がいないから。
「わからなくなってしまったの・・。」
一見、気の強そうな秀香は、一人でも生きて行けるとよく、言われる。紫苑にも、そうだった。
「「君は、大丈夫。」」
そんな言葉程、傷つく。かんなが、羨ましかった。繊細で、いて、逞しい。自分なんかより、かんなが、全ての光の中にいた。
「どこに、すすめば・・。」
言いかけて、はっとした。初対面ではないか。2回目とはいえ、まだ、どんな人かも、わからない。何処まで、自分を見せていいのか、わからない相手。
「?」
大翔が、不思議な顔をした。
「大丈夫。」
短く、そう言うと、泣きそうな顔をするのを止めた。
「いろいろ表情が変わるんだね・・。」
そういいながら、たくさん並んだ白いキャンバスの中から、一番小さいのを、抜き出してきた。
「これ・・。いいかな?」
「もっと、大きいのに、したら?」
「いいんだ。小さいので。」
机の上に置いた。
「最初から、大きいのにすると、大変だからね。」
秀香の絵を指した。
「遠くから、見ないとわからないよ・・。色しか。」
「失礼ね。」
「あのさ・・。」
大翔は、大翔はあたりを、見渡して聞いた。
「あの人のは、どこ?」
「あの人?」
ぴーんときた。
「あぁ・・。かんなね。」
かんなは、もう描かないのか、アトリエの奥にしまいこんでいた。描けないのと、描かないのは、違う。
「今、描いていたのは、奥よ。そう・・。」
思い出した。
「そこに・・。」
秀香は、入ってきた入口を指した。
「そこの上にあるのが・・。かんなの。」
「それが?」
そこには、たくさんの空色を駆使した母子像があった。
「綺麗だ。。」
清流に浮かぶ母子像。そう思わせる色使い。秀香とは、全く対照的な、画風と色。しばらく、大翔は、釘づけになっていた。
「かんな・・。そのものよ。」
くやしそうに、秀香は、呟いた。