紫苑の彼女。
「あなたは、自分が好き?」
そう聞かれたら、絶対嫌いと答える。美術専攻していくうえで、かんなの繊細さは、武器でもあったが、それは、時として、欠点ともなる。弱くて、傷つきやすくて、いつも、揺れている心。感じなくてもすむ一つ一つが、かんなの心の端にひっかかる。
「変われるなら、誰がいい?」
それは・・。
「秀香」
そう迷わず、答える。気高い彼女。同じ美術を目指すものでありながら、彼女の画力は力強く大胆で、神々しくもある。
「まだ・・。忘れられないの?」
秀香にそう言われると傷つく。紫苑と自分は、判りあえたと信じていた。が、彼女の前に立つと、その自信は、揺らいだ。
「もう・・。手の届かない所に行ったの。」
秀香が、紫苑の心を捕えていた。紫苑にとって、かんなは、同志であった。同じ暗闇にすむ紫苑にとって、秀香は、光だった。
「まだ・・。そんな風に思えない。」
「かんなは、そうかもね。紫苑と生きて行くことがすべてだったもん。」
「そんなんじゃないけど。」
秀香の書く絵は、まぶしい。秀香そのもであり、愛される自信にあふれていた。
「かんなの気持ちはわかるけど、前にすすまなきゃ。・・だよ。」
秀香は、紫苑の気持ちは分かっていた。受け入れた話は聞いていないが、秀香も、紫苑に、ひかれていたのは、明らかだった。かんなに、遠慮したのか、紫苑への感情は、静かなものだった。
「もう・・。時間は、ないんだから。」
美術展の事だった。
「紫苑の事が忘れられない。とか、言ってるんだったら、少しでも、筆をすすめたら?」
秀香の絵は、完成が近い。
「書けないの。」
今まで、秀香には、内緒にしていた。紫苑の気持ちを捕えて離さない彼女には、知られたくなかった。
「書けない?」
「筆が動かないの。」
「・・・。」
「抜けなくて・・。」
「紫苑は、かんなの絵が好きって、良く言っていた。あたしも、思うんだけど・・。」
言うかどうか、秀香は、迷った。
「かんなの絵は・・。」
少し、胸が痛んだ。やきもちだ。
「紫苑に似ている。あたしには、書けない。」
・・・・かんなの絵は、僕に似ている・・。
かんなは、紫苑にそう言われた日を思い出していた。
「早く、完成して、よくみせて。」
紫苑に言われた気がした。
「妬けてた・・。すごく、かんなに。」
真っ直ぐな目が、かんなに注がれていた。
「紫苑は、いつも、かんなを気にかけていた。かんななら、彼を理解できた。私以上に、紫苑は、あなたに、自分を重ねていた。」
秀香の、瞳が潤んでいた。
「何もかも、あなたが、持っているのに、どうして、書けないとかそんな事言うの?」
紫苑に対する秀香の気持ちを始めた聞いた瞬間だった。
「私じゃないの。かんな。紫苑が見ていたのは。」
「秀香・・。」
神々しい秀香が、全ての人の愛を独り占めしている。そう信じていた。
「かんな・・。あなたが、うらやましかった。」
秀香の、絵が悲しい色に変わっていった。