紫苑と大翔。
かんなは、あれから、俺の家に来ても、あの後の事には触れなかった。咲桜里から預かったお金を渡した時も、すぐには、受け取らなかった。横目で、封筒を見て、しばらく、机の上に置いたままだった。
「あのさ・・。」
しびれを切らして、俺が言うまでは、話に触れても、くれなかった。怒っているのか?
「怒っているの?」
「どうして?」
帰り際の、玄関先で聞いた。
「怒る理由なんて、ないけど。」
「これ・・。ありがとう。助かったからって。」
封筒を突き出す。
「あぁ・・。いいの。」
かんなは、手を出そうとしなかった。
「少しは、役にたった?」
「だから・・。助かったって。」
心の中で、何かが絡み合っていた。
「そう言ってるじゃないか。」
どうして、俺は、かんなに素直になれない?
「受け取るわね?急に、呼び出されてどうしたのかって、思ったわよ。心配料。」
頼ってくれたのは、嬉しい。かんなの心の中で、うずいた。何年も、忘れていた感情。暗い心の隅に住む人。
「ありがとう。」
素直に言えた。大翔。だけど、かんなは、素直になれなかった。
「可愛い人ね。彼女。」
言うべきじゃなかった。
「彼女?」
大翔は、顔色が変わった。
「そんなんじゃ・・。」
かんなに言われて、思いっきり傷ついた顔をした。自分でも、どうして、傷ついたかわからなかった。
「違うよ。」
そんな事を言うつもりでなかった。傷ついた顔の大翔を見て、かんなは、少し、安心した。何故だろう。
「それはさ・・。かんな。」
紫苑が、笑っていた。
「君は、気づいているだろう?」
「何に?」
「結局。君は・・。」
そう。自分でも、判っている。失ってしまった半身を求めるように、紫苑の影を探している。知らない間に、大翔の中に、紫苑の影を見つけていた。
「僕の影から、逃げられない。」
「紫苑・・。」
紫苑との、恋は、中途半端に終わってしまった。まだ、昇華できない恋を、終わらせる機会を自分は探している。
「違うよ。」
かんなの中で、紫苑は言う。
「君は、僕の変わりを探しているだけ・・。いつまでも、完成できない絵を完成させるためにね・・」
「絵は・・。」
書きかけた絵。紫苑が去ってから、筆をすすめる事は出来てなかった。
「あなたが、答えをくれなかったから。」
自分と紫苑の間の答え。彼は、納得させないまま、この世をさってしまった。
「一人にしないで、欲しかった・・。」
かんなは、強く思った。
「一緒に生きてほしかった。」
「かんな。」
紫苑は静かに笑った。
「紫苑。」
答えぬ面影。
「どうかしました?」
声をかけたのは、帰宅した大翔の母親だった。
「あぁ・・。母さん。今、先生は替えられる所だよ。」
大翔の母親は、彼をみつめるとこう言った。
「また・・。大翔。学校は?」
かんなとの間を、疑った。
「女性の家庭教師はどうかと思っていたんだけど・・。あなたが、学校に行ってる間ならと・・。」
はっとして、かんなに、向かった。
「いえ・・。この子もね・・。年頃なので・・。先生が、あまりにお綺麗なものですから。」
「今、大翔さんは、帰られた所です。大丈夫ですよ。私は大人なので。」
かんなは、大翔に、言った。
「まだ、学生さんですし。」
「ですよね。」
母親は、ほっとした顔をした。
「成績があがったのは、先生のおかげだと思っていたので。また、これからも、よろしくお願いします。」
子供と言われて、大翔は、むっとしていた。
「そうですよね。俺も、おばさんなんて、興味ないですから。」
かんなを、睨みつけた。
「じゃ・・。また。」
かんなは、大翔の顔も見ずに、玄関から出て行った。
「そうよ・・。」
かんなは、紫苑に話しかけた。
「あなたと、彼はあまりにも、違いすぎる。」
戸が、静かに絞められた。
「彼はあなたの代わりには、絶対。ならない。」
「そう?」
紫苑の影がそっと、かんなを通り過ぎて行った。