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百年先の水曜日 ―フィジカルAIが来て、八十一歳の母が家出した―

掲載日:2026/10/11

 母が家出をした。


 冷蔵庫に、磁石で紙が留めてあった。


『夕飯はいりません。美津子』


 左手で書いた、大きな字だった。

 八十一歳。車椅子。右手に麻痺が残っている。

 昨日の夜には、豆腐の賞味期限を気にしていた人だ。


 休みの日に十時過ぎまで眠れるようになったのは、この二年のことだ。

 今朝もそうして起きてきたら、玄関に母の靴がなかった。

 下駄箱の上で、眼鏡立ての下から青い封筒がのぞいていた。今月の案内か何かだと思い、そのままにした。


「母さんは」


 居間で洗濯物を畳んでいた機械が、腕を止めた。

 顔はない。低い台車の上に二本の腕と、首の代わりの細い棒がある。棒の先のカメラが、俺の方を向いた。


「九時十四分に外出されました」

「どこへ」

「ご本人にお尋ねください」


 腹が立った。

 この家の通信費を払っているのは俺だ。


 そう言いかけて、やめた。

 行き先を家族へ知らせるかどうかは、本人が決める。母がそう設定したとき、俺も隣で説明を聞いていた。

 そのときは、いいことだと思った。


 機械は母のブラウスを広げ直した。右の袖が裏返っている。先端の柔らかい指を袖口に差し込み、布をたぐり、表に返した。

 ほんの数秒だった。


 俺は長いこと、その数秒が来るのは百年先だと思っていた。



     *



 六年前の午前二時十三分、俺は母を抱いたまま電話に出た。


 正確には、母の脇に左腕を入れ、右手で便座の縁をつかみ、肩と耳の間に電話を挟んだ。


「修司、悪い。病院通りの本管」


 北川さんの声だった。

 俺たちは水道の修繕会社で働いていた。職人が減って、夜間の呼び出しはだいたい同じ三人に回ってきた。

 母が脳梗塞で倒れてから、俺は着信の音を小さくしていた。小さくしても、聞こえる。


「今ちょっと」

「二百ミリ。路面に出てる。お前、あそこの仕切弁(しきりべん)、知ってるだろ」


 知っていた。図面上の位置より三メートルほど西にずれている。昔の舗装工事で蓋の上まで埋められ、俺と北川さんで半日かけて探した。


「十分で出られるか」


 母の足が滑った。

 右足の裏が便器の脇に当たり、小さく、こつ、と鳴った。


「ごめん」


 母が言った。


「お母さん、もう大丈夫だから」


 大丈夫なわけがなかった。

 俺が手を離せば、母は床に落ちた。


 母をベッドへ戻し、近所に住む叔母に頼んで、家を出た。

 北川さんは一人で先に現場へ向かっていた。俺が着いたときには、病院の事務長が腕を組んで立っていた。近所の人は、夜中に起こされた顔で窓から見ていた。


 誰も俺を責めなかった。

 だから余計に、ずっと責められている感じがした。


 帰宅すると、台所のコップに水が半分残っていた。

 夏だった。母はエアコンの風が苦手だと言い、設定温度を勝手に上げる癖があった。


「ちゃんと飲めよ」

「飲んだわよ」

「残ってるだろ」

「もういらないの」


 その頃の俺は、母の「いらない」を、全部そのまま受け取っていた。


 朝のニュースでは、銀色の人型機械が階段を上っていた。

 前の年は箱を持ち上げ、その前はバック転をしていた。毎年、すごいことができるようになったと言われていた。

 うちの便所には一台も来なかった。


「こういうの、どうなの」


 母がテレビを指した。


「舞台の上なら何だってできる」

「あんたの仕事もするのかしら」

「まず泥の中で三時間、ボルト一本外してもらおうか」


 俺は冷めた味噌汁を飲んだ。


 画面が切り替わり、解説者が出てきた。

 自動運転だって、すぐ実現すると言われてから何年たったのか。未来予想図に合わせて人生を決めない方がいい。社会が変わるには、何十年もかかる。

 そこまでは、俺も何度か同じことを人に言った覚えがあった。


 解説者は話を続けた。

 電気や上下水道が生まれた頃と違って、今の暮らしには、それほど切実な必要はない。肉体労働まで機械にやらせたら、修理代で人件費を超えてしまう。


「百年後も泥の中で働いているのは、たぶん人間でしょうね」

 解説者の後ろには、海の見える大きな窓があった。


 そうだろうな、と思った。

 水道がなくなったら困る、というところだけは、俺の方が詳しかった。毎晩どこかで、なくなりかけていたからだ。


「世の中、そんなに簡単には変わらないよ」


 それは自慢でも、思想でもなかった。

 明日の当番表を見ればわかることだった。


 テレビを消すと、母が膝の上の箱の蓋を下ろした。

 絵の具の箱だった。倒れる前、水曜日に公民館へ持っていっていた。


「左手でも描いてる人、いるんだって」

「そうなんだ」

「また行けるかな」


 俺は当番表を見たまま、送ってくれる人が見つかったらな、と答えた。

 母はうなずいた。

 箱の留め具が、右手ではうまく閉まらなかった。俺が押さえると、ぱちんと音がした。


「急がなくていいよ」


 俺は言った。

 その「また」がいつになるか、考えもしなかった。



     *



 最初の機械が会社に来たのは、あの夜から一年たった頃だった。

 俺の予想どおり、たいして役に立たなかった。


 市とメーカーの実証事業で、会社に二台来た。テレビで見た銀色の人型ではなかった。四つの車輪に二本の腕を載せた台車で、腕が一本ずつ違う方向を向くと、酔っ払いが道を尋ねているように見えた。


 説明会では「フィジカルAI」という言葉が何度も出た。

 見て、考えて、体を動かし、結果を見て、やり直す。それを現場でできるのが売りらしかった。


 俺は質問した。


「壊れたら誰が直すんです」


 担当者は保守契約の説明を始めた。

 見積書を最後まで読むと、よく働く社員をもう一人雇えそうな金額だった。


「その社員が応募してこないので」


 市の担当者が言った。

 もっともだったが、腹は立った。


 三日目に右腕が止まった。

 泥水が手首の継ぎ目から入ったのだ。担当者が駆けつけ、メーカーに送り、直るまで十日かかった。


「人間より金がかかるじゃねえか」


 北川さんが言った。


「俺なら風呂に入れば直る」


 俺たちは笑った。

 北川さんはそのとき、腰に二枚、湿布を貼っていた。


 腕が直って戻ってくると、機械は俺たちの後ろをついて回った。


 錆びたナットに工具を当てる前、俺がなぜ指で泥を払うのか。弁をどちらに、どれだけ戻してから締め直すのか。古い継ぎ手が動いたとき、なぜ力を抜くのか。

 俺が新人の頃、力任せに回して割った継ぎ手の写真まで、教材にされた。


「今、止めた理由を教えてください」


 一日に何十回も聞かれた。


「割れるからだよ」

「何から判断しましたか」

「感触」

「もう一度、計測用のハンドルで操作してください」


 借りたハンドルで弁を回すと、画面に力の波形が出た。俺が力を抜いたところに、技師が印をつけた。


 面倒だった。

 急いでいるときは電源を切った。


 それでも説明したのは、説明している間も給料が出たからだ。実証事業の契約に、指導時間を払う項目があった。


 翌年、隣の県の現場を見学した。


 別の修繕会社で使っている機械が、俺と同じ手順で古い弁を開けた。うちの機械と同じ型だが、腕の色も、貼ってある会社名も違った。弁は、もう製造されていない型だった。

 いったん逆へ戻す癖まで似ていた。


「うちで教えたやつですか」

「似た事例をまとめて、試験を通した更新が先月入りました」


 案内の技師は、特別なことでもないように言った。

 端末を見せてくれた。別の県で失敗した例も、俺の会社ではまだ使っていない工具の扱いも入っていた。

 同じ更新は、全国の同じ型の機械に、一晩で配られたという。


 人間の新人に教えると、一人が覚える。

 その一人が辞めると、また最初からだった。

 俺はそれを、二十何年も繰り返してきた。


 目の前の機械は、俺が教えた相手ではなかった。

 なのに、俺の失敗をもう知っていた。


「更新が増えたら、何を覚えてるか追えなくなりませんか」

「だから試験を通すんです。通らなかった動作は、現場には出しません」


 技師は画面を戻した。採用された手順より、落とされた手順の方が多かった。

 俺はその一覧を、しばらく見ていた。


 その帰り道、俺は高速のサービスエリアで車を止め、煙草と一緒にやめたはずの缶コーヒーを買った。

 甘すぎた。

 仕事がなくなるのかもしれない、と初めて思った。



     *



 全部は、いっぺんに変わらなかった。


 図面のない管路では機械が止まった。塀際の狭い家には入れなかった。古い家の持ち主は、壁を開ける許可を出さなかった。

 工場の増設計画は、送電設備が間に合わず一年延びた。


 俺はそのたびに、ほら見ろ、と思った。


 その間に、機械の手首が変わった。


 丸ごと送らなくても、現場で防水の部品を抜き差しすれば済むようになった。次には、うちの機械と農協の選果場の機械が、同じ部品を使うようになった。

 国道沿いに交換所ができた。

 昔、タイヤを積んでいた棚に、腕と減速機と密封された電池が並んだ。

 翌年には、隣の町にも、その隣の町にもできていた。


 同じ部品の請求額が、半年で二度下がった。

 俺が品番を確かめていると、担当者は、農業と倉庫向けの注文も同じ工場へ集まるようになったのだと言った。


「あそこ、夜も作ってるんです」


 受付の画面に工場の映像が流れていた。

 腕が、別の腕を組み立てていた。出来上がった腕に、別の機械が重りを持たせ、何度もひねっていた。

 画面の隅に、増設中の組立ラインが映っていた。床へ据えつけた機械に、別の機械が電線を引き込んでいた。


「こいつらを作る人も足りなくなると思ってました」

「足りません。だから、こっちにも先に入れたんです」


 検査を終えた腕が、また一つ、搬出口へ流れていった。


 最初は俺たちが交換していた。

 次には、壊れた機械が作業台へ自分で腕を載せ、別の機械が留め具を外すようになった。

 故障の原因がわからないものだけ、奥の人間を呼んだ。


 壊れる回数そのものも減った。

 軸受けが焼きつく前に、振動の変化を拾って交換所へ戻る。俺が嫌な音だとしか言えなかったものに、交換の目安がついていた。


 修理代が無料になったわけではない。

 電池は傷む。軸受けも減る。泥は相変わらず、どこにでも入る。


 ただ、十日止まっていたものが、四十分で戻ってきた。


 去年まで、一台増やすのに半年待った。

 同じ担当者が、今度は、来月なら六台入れられますと言った。


 ある月、同じ区間を同じ工期で直す、二通りの見積書が出た。

 機械を使う方が安かった。充電も、修理も、保険も、遠隔で助ける人の代金も入っていた。


 俺は何度も見積書を裏返した。

 どこかに別料金が書いてあると思った。


 北川さんの湿布代は、北川さんが自分で払っていた。俺の夜勤明けの頭痛も、母を抱えて痛めた肩も、どの見積書にも載っていなかった。

 俺は二通の見積書を重ねて、湿布の箱と同じ引き出しにしまった。


 機械が来て、二度目の冬だった。

 会社は採用をやめた。

 翌春、当番表の夜の欄から、俺の名前が消えた。代わりに、機械の番号が十いくつ並んだ。夜勤手当もなくなった。

 その年の秋、俺たちは週四日勤務になった。

 四つの班で回していた地区を、二つの班で受け持つようになった。


 休みが一日増えて、手取りは五万円減った。


 テレビでは別の解説者が、これからは余暇の時代だと言った。

 俺は住宅ローンの引き落とし額を見た。


 家に早く帰れるのはありがたかった。

 ありがたいと思うのが、悔しかった。


 出勤する日は、何台かの作業を確認し、止まった現場へ行くようになった。

 工具袋は軽くなった。帰宅しても泥を落とさずに済む日が増えた。

 それを楽になったと言われると、給料明細を見せたくなった。


 いちばん若い後輩は、退職金をもらって隣町の工場へ移った。半年後、その工場も人を減らすという話を聞いた。


 北川さんは早期退職に応じた。

 最後の日、機械が積んだ道具箱を見て、綺麗に積むようになったな、と言った。


「腰、楽になりますね」


 俺が言うと、北川さんは少し黙った。


「そうだな」


 酒を飲もうと約束した。

 俺は何度も、母の都合で断った。



     *



 週四日勤務になったばかりの秋、訪問看護師が、台所に残っていたコップを見た。


「夜、お手洗いを我慢されています。お水も控えていらっしゃるみたいで」


 俺は母を見た。

 母は、ベッドのシーツの糸くずをつまもうとしていた。


「呼べばいいだろ」

「呼んでるじゃない」

「だから、何度でも」


 母はうなずいた。

 そのうなずき方を、俺は知っていた。

 絵の具の箱を閉じたときも、母はこうしてうなずいた。


 看護師が帰ったあと、俺は台所でコップを洗った。

 半分の水を流すと、排水口の中で短い音がした。


 母は喉が渇いていた。


 そんなことを、俺は三年も知らなかった。


 介助機の説明を聞きに行ったのは、その翌週だった。


 展示場の機械は、支持具を広げると、病院のベッドの端から手と車輪が生えてきたような格好になった。柔らかい支持具を体に沿わせ、本人の足に残る力も確かめながら、椅子へ移す。

 移し終えると支持具を畳み、低い台車に腕が二本載っただけの姿で、洗濯物を運び、食器を片づけた。

 人が途中で体を動かすと、無理に続けず止まった。


「薬の判断や医療処置はしません。困ったときは人につなぎます」


 説明する職員の横で、母はずっと無口だった。


「嫌ならいいよ」


 帰りの車で言った。


「お風呂も、見られるの」

「映像を残さない設定にできるって」

「そういうことじゃなくて」


 俺は母の顔を見ずに、月々の料金の話を始めた。


「修司」

「何」

「私、値段の話してないよ」


 次の信号まで、黙っていた。

 仕事で客の返事を待つときより、俺はずっと辛抱がなかった。


 それから二度、一緒に行った。


 職員が母の体に合わせて、支持具と足元の支えを調整した。

 母は自分で停止ボタンを押した。途中で気が変わったときの止め方も、声で試した。


「止まって」


 支持具が止まった。

 止まっても、母を支える部分は緩まなかった。

 職員も俺も、次の言葉を待った。


「……まだ」


 母は左手で、服の裾を直した。

 三度目の訪問で、ようやく、ベッドから車椅子へ移った。


 家に入れるには、廊下の棚を一つ捨てなければならなかった。

 父が作った棚だった。

 母は棚を撫でてから、裏側の、子供の背丈を刻んだ板だけ残してくれと言った。


 試用が始まった夜、俺は眠れなかった。


 隣室で車輪が動くたび、目が覚めた。

 機械が止まったらどうする。母を落としたらどうする。呼ばれたのに聞こえなかったら。


 三日目、夜中に起きて様子を見に行くと、母は台所にいた。

 機械が、麦茶を注いでいた。


「どうした」

「喉が渇いたの」


 母は一杯飲んだ。

 氷が歯に当たって、軽い音がした。


「もう一杯」


 機械が麦茶の容器を持ち上げた。


 俺はその手首を見た。

 会社で俺が何度も取り替えたのと、同じ型の継ぎ目だった。


 相談先を調べるのも、薬を取り寄せるのも、俺は画面で済ませてきた。

 ただ、画面を閉じたあとで母の体を支えるのは、俺だった。


 母は、俺を見ずに二杯目を飲んだ。

 流しの前に立っていた俺は、何もすることがなかった。


 その夜、布団に戻ってから、朝まで起きなかった。



     *



 試用の期限は、一か月だった。


 継続の見積書には、月額七万六千円とあった。

 俺は食卓に通帳を置き、母の年金と自分の給料を足して、ローンと食費と光熱費を引いた。


 母はテレビを見ていた。

 音がいつもより大きかった。


「もう、慣れたから」


 母が言った。


「何に」

「今までので」


 俺は通帳を閉じた。


 その週末、市役所の会議室で、利用者の説明会があった。

 母も行くと言った。

 幼い娘を連れた父親と、妻の車椅子を押す老人が、俺たちと同じ列に座った。

 父親の娘は、会議が終わるまで一言も話さなかった。父親は何度も、小さな口元を拭いた。

 老人の手は、車椅子の持ち手の上で細かく震えていた。


 説明する職員は、予算には限りがあると言った。ヘルパーの求人には、この二年、一人も応募がなかったとも言った。

 机には、付箋の貼られた分厚い冊子と、冷めきった紙コップの茶があった。


 俺は質問の順番が来るまで、見積書の端を折っていた。


「壊れた機械を直す値段は、前より下がってますよね」

「はい」

「じゃあ、これのどこが下がって、どこが下がってないんですか」


 食ってかかるつもりだった。

 けれど、見積書を並べているうちに、いつもの仕事になった。


 機体の値段は下がっていた。下がっていない欄を指でたどると、夜間の出動費と、故障に備えて置く予備機の代金に行き当たった。

 隣の町も、その隣も、別々に拠点と予備機を借りていた。


「うちの会社、農協と同じ交換所を使ってるんです」


 俺は見積書の、同じ項目に丸をつけた。


「介助の機械でも、ここを一緒にはできないんですか」


 職員はすぐには答えず、冊子の別の頁を開いた。

 母は左手で、その日配られた用紙を押さえていた。希望する支援を書く欄に、ゆっくり字を書いていた。


 共同調達の話がまとまるまでに、九か月かかった。

 増えた休みの水曜日、俺は何度か市役所へ通った。同じ列にいた父親や老人も来ていた。

 その間は、週に四晩だけ借りた。母が、俺の出勤する日の前夜を選んだ。


「休みの前なら、起こしていいからね」


 俺が言うと、母は、わかってると答えた。

 機械のいない夜、コップにはまた水が残った。


 全部が思いどおりになったわけではない。

 市の補助は介助に必要な部分だけで、家事まで無料にはならなかった。利用料は残ったし、初年度に使える台数にも上限があった。


 それでも、複数の市で修理拠点と予備機を共用する契約になった。市が利用枠をまとめて買うことで、料金を抑えられた。

 補助も受けて、うちの負担は月二万四千円になった。貯金に回す金は減る。それでも、この額なら続けられた。


「夜も、毎日ね」


 母が確認した。

 俺はうなずき、値上げの条件と、別の機種へ移るときの条件をもう一度読んでから、署名した。

 母は、利用の同意書に左手で名前を書いた。


 その晩、母は寝る前に麦茶を二杯飲んだ。

 俺はもう、飲めとも、残すなとも言わなかった。


 説明会で母が書いた用紙の控えを、契約書と一緒にしまった。


『夜、息子を起こさずにトイレに行きたい』


 ほかの欄は空白だった。

 切実な必要はない、とテレビは言っていた。

 あの朝も、台所のコップには、水が半分残っていた。



     *



 毎晩、機械を使えるようになって一年ほどたった九月、大きな台風が来た。


 午前二時過ぎ、電話が鳴った。

 災害時だけ残っている、応援の呼び出しだった。

 病院通りの先で、本管が破れた。崩れた路肩に引っ張られ、継ぎ目が抜けたらしい。


 俺は作業着を着て、隣室の戸を開けた。


「母さん、ちょっと出る」


 母は起きていた。

 機械の支持具が腰の下へ入り、母が左手で手すりを握ったところだった。


 あの夜と同じだった。

 母は俺を見ていた。

 俺の両手は、空いていた。


「転倒に気をつけてください」


 機械が俺に言った。


 母が笑った。


「あんたが気をつけなさいって」


 俺は予備電池の残量と、緊急連絡先が有効なのを確認した。

 それでも玄関でもたついていると、母が言った。


「行ってきなよ」


 俺は行った。


 道路は冠水していた。

 自動運転の区域でも、浸水した区間は運休だった。俺は会社の車を運転し、通れる道を回った。

 十八で取った免許が、その夜も役に立った。


 現場へ着くと、黄色い照明の下で、六台が動いていた。

 交通規制の内側で二台が土を運び、一台が排水のホースを伸ばし、残りは掘り出された管を支えていた。


 作業責任者が、端末を俺に渡した。


「市内、同時に十一か所。作業機は足りてる」


 聞き返した。


「足りてる?」

「確認を待ってるのは三か所だけ。そっちは応援が向かってる」


 俺は濡れた軍手を握り直した。

 十一か所。以前なら、どこを後回しにするかで、夜が明けていた。


 画面には、同じ会社ではない機械も並んでいた。

 昼間は選果場で箱を積んでいる機体。浄水場で点検をしている機体。町ごとに用意した予備の機体。

 どれでも何でもできるわけではない。だから、掘るもの、運ぶもの、管の中へ入るものを組み合わせていた。


 地図の上で、作業中の印が少しずつ減っていった。


 俺は図面の仕切弁を指した。


「これ、位置が違う。三メートル西だ」

「記録あります」


 端末には、俺と北川さんが蓋を掘り出したときの写真が出ていた。

 若い俺が、泥だらけで笑っていた。


 先に来た機械は、もうそこにいた。

 両側の弁は閉じられ、管の圧も抜けていた。


 明け方、一帯が停電した。

 現場の照明が一度消え、車載電源の灯りに切り替わった。

 その直後、端末が短く鳴った。


「補修範囲の変更が必要です」


 継ぎ手から先の管に、細いひびが延びていた。泥を落とした面では、そこで切れているように見えた。機械が管の裏へ探傷器を回すと、画面の赤い線は、さらに伸びた。


「もう少し先、見せてくれ」


 線は終わらなかった。

 用意した補修具では足りない。長い区間を切り取り、新しい管へ替える必要があった。


 責任者が無線で資材を探した。予備の管は、別の現場の車にあった。届くまで四十分。

 足元では、排水ポンプが水を吐き続けていた。

 車載電源の画面を見た。照明とポンプに電気を回すと、機械を次々に充電する余裕はなかった。


「排水を止めるな。管が来るまで、運搬の二台を休ませよう」


 俺が言うと、責任者がうなずいた。

 端末には、その配分で接続まで進めた場合の残量が出た。掘削を続ける一台には、休ませる機体から電池を回した。


 俺は図面に、管を切る位置を引き直した。

 機械が、もう少し先を示した。俺の選んだ切断位置のすぐ脇に、小さな傷がまだ残っていた。

 拡大して確かめ、引いた線を消した。


「そっちで頼む」


 泥の中へ二本の腕が下りた。

 昔なら俺たちが交代で入るところだった。今夜は、同じ型の腕が、市内のあちこちで泥に入っていた。地図に残っていた印が、一つずつ青へ変わっていく。


 新しい管が届いたとき、俺はほとんど何も運んでいなかった。

 なのに、古い管はもう外れていた。


 接続を終え、必要な試験と洗浄の結果を確認した。俺が通水の手順に署名すると、別の機体が弁を開き始めた。

 全員が、画面の圧力計を見た。

 一度、針が揺れた。上がり、少し戻った。

 誰も何も言わなかった。


 やがて、針が決められた範囲で落ち着いた。


「病院側、受水確認」


 無線の声を聞いてから、自分が息を止めていたことに気づいた。

 照明の輪の外まで、空が白くなっていた。


 俺は手袋を外し、家に電話した。


「どうしたの」


 母の声は眠そうだった。


「停電」

「してるわね」

「大丈夫か」

「冷蔵庫を開けちゃ駄目だって、ずっと言われてる」


 端末で見ると、家の機械の電池は昼過ぎまで持つ表示だった。交換用の電池は、近所の支援拠点にもある。

 いままで大げさだと思っていた備えを、俺は初めてありがたいと思った。


「水は」

「出るよ」


 電話の向こうで、蛇口をひねる音がした。


「ほら」


 その音を聞きながら、俺は路肩に座った。


 若い頃、ベテランに、これから水道管がいっせいに古くなると言われた。このままの速さだと、百年先でも替え終わらない、とも。

 そのベテランが引退する頃には、俺が新人に同じことを言っていた。

 補修予定の線は地図に増え続け、消す前に、別の管が破れた。


 この二年、初めて、線が減っていた。

 班は半分になったのに、一年で交換する管の長さは、以前の三倍になっていた。

 北川さんが引退するとき、十年かかると言った古い団地の工事も、半分を過ぎていた。

 水圧が弱くて四階の洗濯機を使えなかった家から、会社へ礼の電話が来た。俺はその現場へ行っていない。


 水道は、とっくに発明されていた。

 けれど、明日も水を出すには、今夜も誰かが泥の中へ入らなければならなかった。


 その夜、俺は一度も泥の中へ入らなかった。


 俺は通話を切った。病院からは、朝の給食に間に合うと連絡が来ていた。

 手袋をはめ直そうとすると、親指の付け根が裂けていた。

 機械がこちらへ、新しい手袋を一組差し出した。


「ありがと」


 言ってから、誰に言ったのか少し考えた。

 機械は待たずに、使い終えた電池を交換台へ運んでいった。



     *



 母が家出したのは、その次の年の五月だった。


 電話をかけると、三度目で出た。


「何よ」

「何よじゃない。どこにいるんだ」

「海」


 波の音がした。


「誰と」

「絵の会の人たち」

「そんなの入ってたのか」

「言ったじゃない。青い封筒」


 眼鏡立ての下の封筒を、俺は見た。

 渡されたときも確か、あとで見ると言った。


「送迎は」

「玄関まで迎えに来たわよ」

「帰りは」

「明後日」


 俺は玄関に立ったまま、靴を片方脱いだ。


「泊まるの?」

「そう書いてあったでしょ」

「書いてない。夕飯いらないって」

「青い封筒」


 母の声の向こうで、誰かが笑った。

 俺の知らない女の人だった。


「大丈夫なのかよ」

「トイレのこと?」


 その言い方があんまり普通で、俺は返事に詰まった。


「旅館にも、あるの。家のと同じやつ。手伝う人もいるし」

「金は」

「私のお金です」


 母は電話を少し遠ざけ、誰かに、息子、と説明した。

 向こうの人が、ああ、と言った。

 その「ああ」に、俺はかなり傷ついた。


「あんた、今日休みでしょ」

「そうだけど」

「じゃ、来れば。お昼、一人ぶん増やせるって」


 母を連れ戻しに行くのではない。

 昼飯に招かれていた。


 俺は青い封筒を手に取り、中の案内を広げた。


 海辺の写生会。二泊三日。交通費、宿泊、食事、介助機の利用を含む。

 思っていたより、ずっと安かった。


 小さな旅館の写真には、玄関脇で充電する機械が二台写っていた。

 人手がなくて閉めていた別館を、去年開け直した、と書いてあった。

 絵の会そのものも、送り迎えの手がなくて一度やめていたのを、去年から再開したらしい。


 案内の隅に、冷蔵庫の紙と同じ、大きな左手の字があった。


『水曜日、海。絵の具』


 俺はその下に、小さく丸をつけた。

 自分の予定でもないのに、仕事の確認をするときの癖で。


 家を出る前、母の部屋を見た。

 ベッドは空だった。

 体温計はいつもの場所にあった。薬を分ける箱は、金曜日の昼の分まで持ち出されていた。着替えが三組なくなり、使わないと思っていた小さな旅行鞄がなくなっていた。


 台所へ戻って冷蔵庫を開けると、ラップをかけた鉢が三つ並んでいた。

 豆腐と油揚げの煮物だった。昨日の夜、母が賞味期限を気にしていた豆腐だ。

 左手と、機械の腕で作ったのだろう。


 廊下には、棚から残した背丈の板が、壁に立てかけてあった。

 最後の傷には、俺が十二歳のときの日付がついている。


 母はあの頃から、家を出る前に、誰かの飯を用意していた。



     *



 海までは自動運転の乗合便にした。

 運転手が集まらずに、一度は廃止になった路線だった。

 幹線の乗り場までは歩く必要があったが、旅館への便は、もう普通に予約できた。


 自動運転は、すぐ来ると言われて、長いこと来なかった。

 十八で免許を取ったことを、後悔した日は一度もない。


 乗り場の壁には、運行できる道が青く塗られていた。去年もらった案内図では旅館まで届いていなかった線が、今は届いていた。

 乗り場の隣には、二十年前の実験車の写真もあった。屋根から大きな機械を突き出した車だった。今の車は、俺より先に母を迎えに来た。


 長くかかったものがあることと、これからもずっと間に合わないことを、俺はいつから同じにしていたのだろう。


 俺は工具も作業着も持たずに乗った。


 窓の外に、大きな部品倉庫が見えた。

 使われなくなった大型店を改装した建物だった。裏手の搬入口で、機械が別の機械の車輪を外していた。

 その先には、草が刈られた排水路と、新しい屋根のついた古い団地が続いた。

 団地の外階段を、弁当箱を抱えた小さな機械が上っていた。


 銀色の人型が階段を上る映像を、テレビはいつの間にか流さなくなった。

 ニュースにするほどのことではなくなったのだ。


 配達する人がいなくなってやめた高齢者向けの昼食が、また届くようになった。叔母が頼んでいる。

 前は一種類だった献立を、今は選べる。硬いものが食べられない人の分だけ刻み、塩分を控えた分は別の鍋で作る。同じ調理場で、それを家の数だけやっていた。

 叔母は空いた時間で、週に一度、友達と映画を見に行く。


 乗合便は団地の前で一度止まった。

 掲示板に、室内改修の募集が出ていた。段差をなくす工事も、流し台を低くする工事も、決まった型から選べる。かつて母のために見積もりを取って諦めた工事が、今は一世帯ずつ順番に進んでいた。

 四階の窓から、取り外された流し台が降りてきた。

 母と俺も、この夏、台所を直す。


 田んぼの畦(あぜ)では一台が草を刈り、隣の田は、まだ人が刈っていた。

 車窓からは、その一台がどの会社のものかもわからなかった。

 修理拠点で見たとき、農業用の腕にも、うちの会社と同じ交換札がついていた。田んぼの仕事まで、もう別の話ではなかった。


 最近、工事の貼り紙から「作業員確保のため延期」の文字をあまり見なくなった。

 代わりに「電力設備工事待ち」や「協議中」は、まだ残っていた。


 車内では、若い男が転職の面接をしていた。

 倉庫の現場がなくなって、と、小さな声で説明していた。

 俺はイヤホンをつけた。音楽は流さなかった。


 北川さんから写真が来た。

 市民農園の、絹さやだった。手のひらに、五つ。


『これしかならねえ』


 最近は週に二日、修理拠点で働いているらしい。

 腰は楽だが、昔ほどは稼げない。機械は上司より話が早い、と、この前の電話で言っていた。


 俺は写真に、立派じゃないですか、と返しかけて、消した。


『今度、飲みませんか。こっちは水曜が休みです』


 すぐに返事が来た。


『水曜は畑』


 俺は一人で笑った。


 給料の額は、まだ気になった。ローンは残っていた。母の右手も治ってはいない。

 斜め前の男は、面接を終えても、しばらく端末を見ていた。


 母から連絡が来た。


『魚と肉、どっち』


 昼飯のことだった。

 俺は魚と返し、端末をしまった。


 窓に映った俺は、海へ向かっていた。

 誰かに母を頼む電話を、一件もかけずに。



     *



 母は砂浜の手前の遊歩道にいた。


 車椅子の前に画板を載せ、左手で筆を持っていた。

 太い柄に、握りやすいよう白いものが巻いてあった。

 隣の機械は、風で紙が飛ばないよう、画板の端を押さえていた。


 俺に気づくと、母は少しだけ顎を上げた。


「早かったね」

「次の便、すぐ来たから」


 母はうなずいて、また絵を見た。

 連れてきたのではない場所で母を見るのは、ずいぶん久しぶりだった。


 海は緑に塗られていた。

 空は灰色だった。

 実際はよく晴れていて、海も青かった。


「描きやすいように、写真撮ってやろうか」

「いらない」


 今度の「いらない」は、すぐにわかった。


「この色にしたいの」


 母は筆を置き、麦茶を飲んだ。

 小さな容器を、半分ほど、一度に飲んだ。


 俺は隣に置いてあった椅子を広げた。

 会社から連絡が入った。当番の担当者が処理を終えたという通知だった。

 画面を伏せた。


「何年ぶりだろうねえ」


 母が言った。


「海?」

「海は去年も連れてきてくれたでしょ」


 そうだった。

 駐車場の場所を調べ、車椅子用のトイレを調べ、母を車へ移し、渋滞に苛立ち、二時間ほどで帰った。

 母は帰り道、何度も、ありがとうと言った。


「帰る時間、考えなくていいのが」


 俺は波を見た。


 機械が砂浜の端をゆっくり進んでいた。

 打ち上げられた瓶を拾い、流木のそばで止まり、進む向きを変えた。

 遠くの防波堤でも、小さな機械がコンクリートの継ぎ目を調べていた。


 六年前も、海はあった。

 テレビの解説者の後ろの、大きな窓の向こうにもあった。


 母は小さな容器を飲み干し、機械におかわりを頼んだ。

 足りなかったのは、こういう手だった。

 昼にも、夜中の二時にも。


「修司」

「何」

「昼、お酒飲んでいいよ。今日は運転してないんでしょ」


 俺は母を見た。


「夕方、帰るつもりだけど」

「うん。私は明後日」


 母は画板へ目を戻した。

 俺が帰ったあとの海を、母はまだ見ているつもりだった。


 旅館の人が昼食を知らせに来た。

 機械が画板を外し、濡れた絵を水平に保って運び始めた。

 ほんの数秒の手つきだった。

 俺のほかに、それを見ている者はいなかった。


 俺は立ち上がり、いつものように車椅子の後ろへ回った。

 母が左手を少し上げた。


「自分で行ける」


 手元のレバーを倒すと、車椅子はゆっくり進んだ。


 俺は持ち手から手を離した。

 行き場のなくなった両手を、ズボンのポケットに入れた。


「早くおいで」


 母が振り返って言った。


 俺は、その横に並んだ。


 よく晴れた、水曜日だった。

「AIは結局、社会をそれほど変えない」という意見を見かけて書きました。変わるとしたら、いちばん変わりにくそうな場所――午前二時の介護と、泥の中の水道工事――から変わるのではないかと思ったからです。作中の技術・制度・費用はすべて架空のものです。

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