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シール 防水工が異世界転生して世界の漏れを止めた話  作者: もしものべりすと


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第十六章 シーリング・コーデックスの真価

翌朝、王宮の図書室に、案内された。


そこには、辺境伯邸から特別便で、運ばれてきたシーリング・コーデックスの原本が、置かれていた。


王が自ら、許可を出して、運ばせた。


「和泉殿、必要なだけ、ご覧、頂きたい」


王は、そう言って、図書室を、開放した。


俺は、ガイの応急処置の、続きを、上級聖女に託した。


リネットも、図書室に、来た。


リネットの緑の瞳に、ガイへの心配が、色濃く残っていた。


それでも、リネットは、現場の続きを、選んだ。


俺は、コーデックスを、机の上に置いた。


最初のページから、最後のページまで、改めてゆっくり、読み進めた。


辺境では、慌ただしく、書き写すだけで、精一杯だった。


ここでは、時間が、ある。


王宮の図書室は、静かだった。


天井の高い窓から、午前の光が斜めに、降っていた。


机の木の表面に、その光が淡い影を落としていた。


俺は、コーデックスの、表紙を撫でた。


革の手触りが、地球の岩木さんの現場手帳の、それと、同じだった。


千年前の職人が、毎日手に取った、痕跡だった。


革の皮脂の匂いがわずかに立ち上っていた。


俺は各ページの絵をノートと突き合わせ、地球のウレタン防水の知識と比較した。


合致する箇所が、ほとんどだった。


途中で、リネットが、横から、文字を訳してくれた。


「親方、ここに、こう、書いてあります」


「下塗りは、必ず二度、塗ること」


俺は頷いた。


地球の岩木さんから、教わったとおりだった。


「塗布の温度は、常温の上下、五度の範囲」


「これも、同じだ」


「主材の、撹拌時間は、最低、五分」


「同じだ」


すべてが、同じだった。


千年前の、職人と、地球の岩木さんと、俺。


三人の同業者が、時代を超えて、同じノートを書いていた。


俺はノートにコーデックスの、ページを、写し続けた。


書いている間、奇妙な、感覚が、あった。


千年前の職人が俺の隣に、立っているような感覚だった。


その職人は、何も言わなかった。


ただ、俺の手がノートに、何を書くのかを見ていた。


たぶんその職人も、自分のノートを未来の職人が、読んでくれることを、願っていた。


俺は、その願いに、応えていた。


それが、職人の世代を、超えた、対話だった。


しかし一か所、地球の技術と違う特殊な工程があった。


それは、世界の壁の最深部の亀裂の塞ぎ方だった。


「リネット」


俺はリネットを呼んだ。


「これ、見てくれ」


リネットが、ページを覗き込んだ。


ページの上には、世界の壁の、断面図が、あった。


最深部に、巨大な亀裂が、あった。


その亀裂を塞ぐために、千年前の職人と聖女が共同で行う、特殊な儀式が書かれていた。


ヴァレリアの文書庫で、ヴァレリアが、訳してくれた、最後の一文。


「真のシールには、聖女の血と、職人の手が、要る」


その意味が、ようやくわかった。


「リネット」


俺は、低い声で、言った。


「これは」


リネットが、ページの絵を、じっと見ていた。


絵には、聖女が自分の指を針で刺し、血をウレタン主材の缶の中に垂らす場面が、描かれていた。


血を混ぜた主材を、職人が亀裂に流し込む。


それで、世界の壁の、最深部が、塞がる。


俺は、しばらく、その絵を見ていた。


聖女の血を、流す。


リネットの血を、流す、ということだ。


俺は、リネットの顔を、横目で、見た。


リネットは、絵を、じっと見ていた。


その表情が、いつもの、見習い聖女の表情とは、違っていた。


何かを、決意した、表情だった。


「リネット、これは」


リネットが、ページの絵を、じっと見ていた。


「血を、混ぜる、のですか」


リネットが、震える声で、聞いた。


「そう、書いてある」


「私の、血で、いいのでしょうか」


「それは、わからない」


俺は首を振った。


「聖女と書かれているけど、リネットが本物の聖女かどうかは、別の、問題だ」


リネットが目を伏せた。


「私は、見習い、です」


「見習いと本物の違いはどこにある」


リネットが、しばらく、答えなかった。


「教会の認定、です」


「教会の認定、なんて、信じられるか」


俺は、短く言った。


クロウドが収監された今、教会の過去の認定の信頼性が、揺らいでいた。


クロウドが不正に認定を操作していた、可能性が十分ある。


「教会の認定ではなくて、本物の判定方法というのが、コーデックスに書かれていないか」


俺は、ページを、めくり戻した。


ページの、別の場所に銀の杯と、針の絵があった。


「これか」


俺は、リネットに、見せた。


「聖女判定の儀式の絵です。聖女学院でも、教わりました」


「やってみる、価値が、ありそうだな」


俺は頷いた。


「今度、王様に頼んで、儀式の立ち会い、用意してもらう」


リネットが息を止めた。


「親方、私がもし本物でなかったら」


「本物じゃ、なくても、何も、変わらない」


俺は答えた。


「リネットっていう人間は、本物じゃなくてもリネットだ」


リネットがぱちりとまばたきをした。


「リネット」


「はい」


「君は見習いと教会から言われている。だが君は、瘴気が見える。普通の聖女には、見えないはずだ」


「はい」


「君は、リネット自身の聖魔法で、防壁の下の子どもを、何人も救った。普通の見習いには、できないことだ」


「はい」


「君は職人と共同で、ガイの瘴気を押し戻した。これも、普通の見習いにはできないはずだ」


リネットがぐっと唇を結んだ。


「親方、私は」


「君は、本物だ」


俺は、短く言った。


「教会が何と言ったかは、関係ない。現場での君の仕事を、俺は見てきた。君は本物の聖女だ」


リネットが、深く息を吐いた。


その目に、ようやく覚悟の、光が宿った。


「親方」


「うん」


「私が本物の聖女なのか、最終的には世界の壁の最深部でわかる、ということですね」


「そういうこと、だ」


「私は行きます。私の血で世界の壁が塞がるなら、いくらでも流します」


リネットの声は、低かったが強かった。


俺は頷いた。


「無理に、たくさん、流す必要は、ない」


「はい」


「コーデックスには、数滴、と、書いてある」


リネットがぱちりとまばたきをした。


「数滴、ですか」


「数滴で、十分だ」


「それなら」


リネットがふっと笑った。


「それくらい、いつでも、流せます」


俺はノートに世界の壁の最深部の塞ぎ方の、手順を書きとめた。


それから、ノートを閉じた。


明日から、世界の壁の、本格的な補修が、始まる。


その日の夜、王に計画を提出した。


王は、地図を見て、ゆっくり頷いた。


「五百か所、いや、千か所、に、近い漏れか」


「はい」


「これを塞ぐ、には、職人が、何人、要る」


「最低、百人。理想は、千人」


王は、頷いた。


「ギルドに、命じよう。ただし、和泉殿の、施工手順を、教えるための、研修期間が、要る」


「俺のノートを写せば、半月で、最低限の、手順は、覚えられる」


俺は答えた。


「半月、ですか」


「俺は、地球で、十四年、かかった。だが、ここの、職人は、聖魔法の補助が、ある。半月で、十分、戦力になる」


王は、深く息を吐いた。


「和泉殿、あなたは、本当にすごい職人だ」


「いえ」


俺は首を振った。


「ただ、現場が、回るように、考えるだけ、です」


その言葉に、王がふっと笑った。


「現場が、回るように、考える、その、視点こそ、本物の職人の視点、だ」


俺は答えなかった。


代わりに、ノートに、新しい計画を書きとめた。


千人の、職人を、十班に、分ける。


各班に、見習いと、聖魔法師を配置する。


俺のノートを各班、一冊、配る。


各班は、自分の、担当の、漏れを、塞ぎ、結果を、ノートに、書きとめる。


班の、結果を、毎日本部に、集約する。


地球の大規模補修工事の、進捗管理と、同じ構造だった。


俺は、その計画を、王に、提出した。


王が頷いた。


「明日から、各地の、ギルド支部に、招集の、命令を、出す」


「お願いします」


俺は、頭を下げた。


その夜、王宮の客間の、窓辺で、俺はノートを見ていた。


千年前の職人のコーデックスの、写しが、ノートの後半に、増えていた。


俺の、十四年分の、現場記録の、後ろに、千年前の職人の記録が続いていた。


二つの、記録が、同じノートの中で、つながっていた。


それは、世代を、超えた、職人の対話の、形だった。


俺は、ノートの最後のページに、こう、書いた。


「次の千年の、職人へ。漏れがあったら、塞いでくれ。それだけだ。」


書きながら、俺はふっと笑った。


たぶん千年後の、職人も、同じことを、書くだろう。


それで、いい。

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