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シール 防水工が異世界転生して世界の漏れを止めた話  作者: もしものべりすと


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第十二章 ピンホール調査

翌朝から、防壁の調査が、始まった。


防壁の上に登るには、専用の長い梯子と命綱が必要だった。


ガイが、俺の命綱を握ってくれた。


ヴァレリアが、俺の隣で、剣を抜いて、立った。


「親方、瘴気で魔物が湧くことが、あります。防壁の上では私がお守りします」


「頼む」


俺は、短く言った。


リネットは、防壁の下で、聖魔法の準備をしていた。瘴気を薄める補助の魔法が、彼女には使えた。


俺は、防壁の梯子を登り始めた。


五十メートルの梯子は、長かった。


風が強かった。命綱が、なかったら、何度か、落ちていただろう。


地球の現場でも、十階建てのビルくらいなら、何度も登ったことがある。


それでも、五十メートル、というのは、初めてだった。


下を、見ないように、と、自分に言い聞かせた。


岩木さんが、よく言っていた。


「高所では、上だけを見ろ。下を見ると、足がすくむ」


俺は、岩木さんの言葉を繰り返しながら、一段、一段登った。


途中で、何度か、休んだ。


腕が震えた。腰が、痛んだ。


それでも、登り切った。


防壁の上に、ようやく立った。


そこから、世界の壁、本体が見えた。


巨大だった。


防壁よりも二倍、いや三倍は高い。


その表面は、薄く、光を、放っていた。


光は、青と、緑の淡い色だった。


ところどころに、黒いピンホールが見えた。


針で突いたような、小さな穴。


その穴から、薄い瘴気が、漏れていた。


「これが」


俺は、呟いた。


ヴァレリアが、俺の隣で、頷いた。


「世界の壁の、漏れです」


「ピンホールだな」


「そう、聞いたことがあります。職人の方が、そう呼ばれていると」


俺はノートを開いて、漏れの位置を書き写した。


それから、防壁の上を、歩き始めた。


防壁の上には、亀裂が、二十か所、見つかった。


長さが十センチほどの小さなものから、二メートル近い深いものまで様々だった。


俺は、それぞれの亀裂に、含水率計を当て、瘴気の濃度を計った。


地球の現場と、同じ作業だった。


ただ、規模が、桁違いだった。


俺は、調査の途中で、ガイに、声をかけた。


「ガイ」


「うん」


「下の村、調べに、行ってくれるか」


「下の村」


「防壁のふもとの村だ。瘴気の影響を一番受けているはずだ。住民の健康状態を聞いてきてくれ」


「わかった」


ガイが頷いた。


「リネットは、俺の手元、頼む」


「はい」


「ヴァレリアは、俺の護衛、頼む」


「畏まりました」


役割を、割り振った。


それぞれが、自分の仕事を、抱えて、動き始めた。


俺は、防壁の上の、最初の亀裂に、取り掛かった。


最初の亀裂は、長さ三十センチほどだった。


地球の屋上の立ち上がり部の、補修と、似たような、規模だった。


ただし、ここでは、亀裂の奥が、深かった。


奥行きが、五十センチ以上、ある。


防壁の内部まで、瘴気が、侵入している。


「これ、ハツリが、要るな」


俺は、呟いた。


「ハツリ」


リネットが、聞いた。


「亀裂の周りの傷んだ部分を削ることだ。そうしないと、補修材を塗っても、すぐ剥がれる」


「削る、には、何が、必要ですか」


「グラインダーというものが、あれば、いいんだが、こっちには、ないな」


俺はしばらく考えた。


ヴァレリアが、剣を抜いた。


「私の、剣で、削れますか」


「斬れすぎて、削るには、ちょっと」


「では」


ヴァレリアは、剣の腹を、亀裂に当てた。


「峰打ちで、表面を、叩き落とす形なら、いかがでしょう」


俺は目を見開いた。


「やってみてくれ」


ヴァレリアが、剣の峰で、亀裂の表面を、リズミカルに、叩いた。


剣聖の腕は、本物だった。


亀裂の周りの、瘴気で侵されて、脆くなった部分が、ぼろぼろと、削れ落ちた。


俺は、その作業を、見ながら、ノートに書きとめた。


「剣聖、現場、参加可能。峰打ちで、ハツリ、代用可能」


それを見た、ヴァレリアの頬が、赤くなった。


「それ、書いて、頂けるのですか」


「書く」


俺は、短く答えた。


「次の世代の、職人が、剣聖を、現場で、雇うとき、参考になる」


「次の世代」


ヴァレリアが、剣を握りしめた。


「私の、剣の腕が、世界の壁の、修繕に、役立つ、ということですか」


「役立つ」


俺は頷いた。


「君の剣は、世界を、守る剣だ」


ヴァレリアが、しばらく、何も言わなかった。


それから、ぐっと唇を結んだ。


俺は、ヴァレリアの様子に、気づかないふりをして、亀裂の底を、点検した。


ハツリが、終わった亀裂の中に、プライマーを、流し込んだ。


刷毛で、奥まで、染み込ませた。


リネットが、横で、聖花の蜜を混ぜた、新しい主材を、用意していた。


「親方、混ぜ、終わりました」


「ありがとう」


俺は、その主材を、亀裂の、奥から、ゆっくり、流し込んだ。


化学反応の熱が上がった。瘴気が、一瞬、強く立ち上がった。


リネットが、すぐに聖魔法で、瘴気を、薄めた。


それから、亀裂の表面がゆっくり固まっていった。


最初の亀裂が、塞がった。


ヴァレリアが、息を吐いた。


「これは」


「世界の壁の、最初の塞ぎだな」


俺は、短く答えた。


防壁の下から、ガイが戻ってきた。


ガイの顔が、青ざめていた。


「親方」


ガイの声が、低かった。


「下の村、子どもが、半分、瘴気で、倒れてる」


俺は、ヴァレリアと、目を合わせた。


ヴァレリアが、剣を握りしめた。


「親方、急ぎましょう」


「急ぐ」


俺は、短く答えた。


その日から、俺たちは、夜を、徹して、防壁の亀裂を、塞ぎ続けた。


防壁の二十か所の亀裂を、塞ぎ終わるのに、五日、かかった。


五日目の朝、防壁の下の村から、子どもの咳が消えた、と、ガイが、報告してきた。


リネットが、その報告を聞いて、ぽろぽろ泣いた。


俺は、リネットの肩に、軽く手を置いた。


何か、言いたかったが、言葉が、出なかった。


代わりに、ノートに、こう書いた。


「防壁、二十か所、補修完了。子どもの咳、停止。」


それを、リネットに、見せた。


リネットが、ノートを見て、また、泣いた。


ヴァレリアが、その様子を、後ろから、見ていた。


ヴァレリアの顎の線が震えていた。


剣聖と呼ばれる女が、感情を、抑えるのに、必死、というのは、めったに、ない景色だった。


「ヴァレリア」


「は、はい」


「次の、防壁の北側、行くぞ」


俺は、わざと、現場の次の指示を出した。


ヴァレリアがぐっと息を整えて、頷いた。


「畏まりました」


俺たちは、また、防壁に、登った。


二日かけて、北側の、十か所の亀裂を塞いだ。


塞ぐたびに、ヴァレリアの剣が、磨かれていった。


最初は、亀裂のハツリ作業だけだったが、徐々にヴァレリアは、自分から、塞ぎの工程にも、参加し始めた。


プライマーの、刷毛使い。


主材の、撹拌の手元。


最初は、ぎこちなかった。


それが、二日目には、見違えるほど、整っていた。


「ヴァレリアさん、こっちのほうに、適性、あるんじゃないか」


俺が、ぽつり、言うと、ヴァレリアは、頬を、赤くした。


「親方、剣聖、なのですが」


「剣聖が、職人の副業を、持ってもいいだろう」


「副業」


「岩木さんも、若い頃、左官と、防水の、両方、やってたぞ」


俺は笑った。


ヴァレリアは、しばらく、口を、動かさなかった。


それから、ぽつりと答えた。


「それは、誇らしい、お話、です」


俺は頷いた。


ヴァレリアが、剣聖、と、職人の両方を、誇りに思える、というのは、いいことだった。


たぶん剣だけの人生より、ずっと豊かになる。


その間、リネットは、防壁の下で、毎日聖魔法を、使い続けていた。


倒れた子どもの治癒。


瘴気の浄化。


俺の、補助。


リネットの顔が、日に、日に、薄くなっていった。


無理を、しているとわかった。


それでも、リネットは、現場を、離れなかった。


俺は、ある夜、リネットに、声をかけた。


「明日、休め」


「いえ、親方」


「休まないと、君が、倒れる」


「私が、倒れることは、ありません」


リネットの声は、低かったが強かった。


「私は、聖女、です。たとえ、見習いの聖女でも」


俺は、リネットの顔を見た。


緑の瞳に、強い光が、戻っていた。


防壁を、登る前、文書庫で、震えていた、リネットとは、違っていた。


俺は頷いた。


「わかった」


「親方、私は、現場を、離れません」


「離れさせない」


俺は、短く答えた。


「ただし、無理だけは、しないでくれ」


ヴァレリアが、俺の後ろで、ぽつりと言った。


「親方、王都から、早馬が、来ました」


俺は振り返った。


ヴァレリアが、一通の、書状を、差し出した。


「教会から、です」


俺は、書状を開いた。


赤いインクで、こう書かれていた。


「和泉守、異端認定。即時、王都へ、出頭せよ。クロウド・ガルザ枢機卿」


俺は、その文字を、しばらく、見ていた。


赤いインクは、地球で、よく、契約書の、赤字訂正に、使うインクと、同じ嫌な色だった。


職人にとって、赤字、は、不吉な印だった。

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