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第8話 響き合う音と絆の予感

 朝七時半。

「ユキ!朝食一緒に行こー!」

マネージャーに手を引かれ、

流されるようにキャスト用の会場へ向かう。


(さすがに、昨日の今日で……朝食に行きづらい……)

……シン君とばったり出くわしたらどうしよう。

昨日の“ノーパン事件”の全てをなかったことにしたい。

(きっとスイートルームなら、部屋で朝食だよね……)

早い時間だったせいか、まだ誰もいない。

(……よかった)

胸を撫で下ろして席についた、その直後。


会場に入ってきたシン君と、男性スタッフに声をかけられた。

「おはようございます」

こちらもマネージャーと共にご挨拶した。

彼らが通り過ぎると、

突然、背後で大きな声が響いた。

「やだー!ユキ、首まで真っ赤よ!!顔も見せて!」

(え、そんなに!?)

「ちょ、ちょっと……」

小声で止めようとするが、マネージャーは止まらない。

「まさか一日で日焼け!?」

(ちがうの!

 シン君見て赤くなっただけ!!)

マネージャーの的外れな心配をよそに、

ドリンクバーへ向かうシン君は必死に笑いを堪えていた。


-------

 その日、撮影は順調に進んでいた。

物語は、三人の子供を持つ母親の乳がん手術。

主演陣の重厚な手術シーンが予定通り進行し、

午後のサブカップルの撮影へと繋がった

午前中、脇役たちは楽器の練習とリハーサルを重ね、

午後からの撮影に備えていた。


撮影再開は、その脇役たちのシーンからだった。

母親の手術中、

ただ泣いて待つしかない子供たちを見て、

私の演じるカウンセラー凛子は前から考えていた

“プレイケア”を始めた。

目を覚ます日まで、

母のために、母が好きなバンドの曲を練習した。


 お姉ちゃんの藍が笛を吹き、

弟の勇輝は鍵盤ハーモニカ。凛子は、トライアングルを手に取った。

「ママ、喜ぶかな」

その一言に、子供たちは必死に音を合わせる。

――けれど。

「目覚めなかったら、どうするのかしら」

「余計に悲しむだけじゃない?」

「かわいそうな子たち」

背後から、他の看護師や入院患者たちからの

冷ややかな声が後を絶たなかった。


それでも凛子は、顔色一つ変えなかった。

変なことしてると思われるのは、慣れている。

音は、届く。

そう信じていた。


 そこへ、リカ演じる主人公が藍と勇輝の元へ歩み寄る。

「大丈夫。

 ママには、練習の音もちゃんと聞こえてるよ」

そう言って、二人の肩を抱きしめた。

「二人の音、きっと力になってるからね」

その言葉を聞いて、凛子も主人公へ感謝の眼差しを送る。

「やる機会くれてありがとうね」

「こっちも凛子がこんな面白いことしてくれて助かってる」

主人公と凛子は見つめあって微笑む。

子供たちはもう一度、顔を上げ、楽器を手にした。


藍と勇輝は、学校から直接、診療所へ来た。

凛子は他の患者に呼ばれる片手間で、

楽器の用意したり、一緒に練習していた。

その慌ただしい様子を見て

音楽家の陸はうずうずし始める。


子供たちが、凛子を待ちながら、

表情を曇らせていた日。

いてもたってもいられなかった陸は、とうとう声をかけた。

「……俺も入っていい?」

「え?」

「何ができるの?」

陸は、部屋の隅に置かれた小さな楽器を指差す。

「そこにある、トイピアノ」

「ほんと?」

うなずいた陸が鍵盤に触れた瞬間、空気が、変わった。

軽い音のはずなのに、

一音一音、軽やかに美しく響くメロディ。

「わあ……!」

愛と勇気の顔が、ぱっと明るくなる。

「おじさん、すごい!」

「いや、お兄ちゃんだから」

「えー!?」

笑い声が弾む。


その声を、部屋の外で聞きつけた凛子が、

驚いたように顔を出した。

「ごめん、遅くなって!」

「大丈夫!」

「それより、凛ちゃん、知ってた?この人、すごいよ!」

「プロなんだよ、プロ!」

凛子が現れると、

二人は一気に彼女に抱きつき、

誇らしげに演奏を聴かせた。

それからは、陸も本当に楽しそうだった。


 小さな患者たちも集まってくるようになった。

たまに、鈴やタンバリンを一緒に鳴らして、

笑顔で帰っていく子たちもいた。

病室が一気に明るく変化する。

演奏が終わると、リカ演じる主人公が動画や写真を撮りに来た。

「ほんと可愛い。

 四人で、親子音楽隊みたいだよ」

藍と勇輝に語りかける。

二人は大喜びで写真を見ていた。

「ねえ凛子。陸さん、予想外だけど、いいパパになりそう」

主人公がからかう声に、凛子は、

「……ふーん」

とだけ言って、そっぽを向いた。

ツンツンしている凛子を見ながらにやける主人公。


「はい、カットーー! おつかれさま!」

撮影は、無事に終わった。

リカとのシーンも増え、険悪な空気は感じられなくなった。

シン君とも、長い一日を共にするうちに、

自然な距離に戻っていた。

(なんとか、今日こそは乗り越えられたはず!)

監督やスタッフと明日の

最終の打ち合わせをして、

部屋へ戻る。



-------


夜十時。

シャワーを浴び、黒いパーカーのスウェットセットアップに着替える。

(今からご飯って時間でもないし……コーヒーでも淹れようかな)

ふと、昨日のことを思い出す。

――明日も来る?って言ってたような……。

(さすがに、覚えてないよね!!今日もハードだったし)

ナイナイ!!

少しだけ胸が寂しくなって、

それをかき消すように台本を手に取った、そのとき。

コンコン。

今夜も――

お誘いのノックが、優しく響いた。


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