第6話 日々の積み重ねと魂の共鳴
いくつかの撮影を終えた、夕暮れ時。
ドラマは第二話のクライマックスへと差しかかっていた。
物語は、まだ赤ん坊のいる五人家族を襲う、母の重い病から始まる。
序盤の最も大きく辛いエピソードだった。
カイト演じる医師と、リカ演じるナースは、
意見をぶつけ、支え合いながら、
手術への道筋を一つずつ組み立てていく。
その一方で。
カウンセラー・凛子が向き合うのは、その母の子供達。
小学六年生の長女藍と、三年生の長男の勇輝だった。
母の病を知り、
二人は、心が追いつかないまま、不安に押し潰されていく。
舞台は、小児科用の子供部屋。
凛子と一緒に、母の検査が終わるのを待ちながら、
最初は笑って遊んでいた二人だった。
けれど——
「重い病気」と知って、糸が切れたように、泣き崩れた。
凛子は、ためらわずに二人を抱き寄せる。
藍と勇輝を、ぎゅっと胸に抱いて、
そのまま、一緒に泣いた。
「……思いきり泣いていいよ。
つらいよね。その気持ちは、当たり前だから」
「大好きだから……」
「ママがいないの、いやだよ……」
嗚咽まじりの声に、
スタジオの空気が、静かに張り詰めていく。
凛子は、涙を流しながら、二人の目を見つめた。
「藍ちゃんと勇輝くんの気持ち。
全部、私に聞かせてほしいな。
思っていること、全部」
「……ママのこと?」
「ぼく、元気になってほしい」
「私、ママのカレーまた食べたい」
「一緒に寝たい……」
一つひとつの言葉を受け止めながら、
凛子は何度も、うなずく。
「うん……うん」
大粒の涙が、頬を伝った。
「……それだけ、素敵なママだったのね。
本当に一緒にいて優しくなかったら、
そんな気持ち、出てこないもの」
「どういうこと?」
「二人には、ずっと
守ってくれて、笑ってくれたママがいた。
だから、こんなに大切な宝物みたいな気持ちが生まれたんだよ」
二人は、小さく、でも確かにうなずいた。
「赤ちゃんはね……
もしかしたら、ママのことを知らないまま、
大きくなるかもしれない」
一瞬、二人の表情が強張る。
「その時は二人が、ママのことを教えてあげてくれる?」
「うん。私が話す」
「ぼくも!」
「先生たちが治してくれるのを、一緒に祈ろうね。
私は、ずっとここで、二人と一緒にいるから」
「……うん」
その様子を、少し離れた場所から、音楽家・陸が見つめていた。
胸を締めつけられるような思いを抱えたまま、
彼は静かに、その場を後にする。
「——はい、カット!いーよいーよ!みんなお疲れー!!」
監督の声が響く。
一発OKだった。
押していた撮影は、すぐ次のシーンへと移行することになった。
「ユキ、お疲れ!」
マネージャーの声が聞こえたが、
私はすぐには立ち上がれなかった。
まだ、子供達の肩に、余韻が残っている。
「……やっぱり、つらいお話だよね」
「うん。でも私、ユキさんの言う通りだなって思った」
「“全部聞かせて”って言われたから
もうセリフとか関係なく、ぼくの話しちゃった」
「はは」
三人で、少し照れたように笑う。
子役たちの母親が駆け寄ってきて、二人を抱きしめた。
優しく連れて行くのを見送って、
私は、ようやく立ち上がれた。マネージャーがタオルをかけてくれた。
「ユキ、今のすごく良かった」
「おかげ様です!ありがとう!」
控え室では、シン君やスタッフ達が大勢でお菓子を囲んでいた。
マネージャー同士もすっかり打ち解けていた。
シン君が、そっと私の前に小さな茶器を置く。
「八宝茶なんだけど、どうぞ」
「わあ、お気遣いありがとうございます!」
「少し、温まるといいなって」
(前から思っていたけれど……)
年も二個くらいしか変わらないのに、
人の心の奥を、するりと察することができる人だ。
仙人みたい、と思うのに。その印象とは真逆の、張りのある白い頬。
映像越しに見ていた存在が、
今、目の前で湯気の立つお茶を飲んでいる。
ファンとしては、
極楽浄土に招かれたとしか言いようがない時間だった。
山場を終えた緊張がゆっくり溶けていく。
「……今」
シン君が、ぽつりと言った。
「終わっても、子供達とちゃんと話してからくるなんて。
ちょっとすごいなって思った」
シン君がまっすぐ誉めてくれた。
「そんな……ありがとうございます」
私は照れながら目を伏せた。
「しかも……まさか、さっき話した歌詞みたいなセリフを、
アドリブで入れてくるとは思わなくて。
俺、正直、ドキッとしたよ」
「MUSEファンのみなさん、
絶対観てくださると思うので……
入れなきゃ、って」
「……あの短時間で、そこまで考えてたの?」
「ははは」
少しだけ、オタク心が出すぎたかもしれない。
そう思ったけれど——
本人に、一番に届いたのが、少し嬉しかった。
「……自分の楽曲の話を
あんな風に、聞かせてもらうことって
実は、全然ないんだ」
「えっ?」
思わず声が裏返った。
「ファン方々が、たくさん分析されてるんじゃ……?」
「ダンスの解説動画はあるけどね。
アイドルの軽薄なものだって。
歌詞や楽曲をまともに見てくれる人はいないよ」
少し言いづらそうに、彼は続けた。
「そんなまさか!」
「本当だよ。でも……
今日は本当にすごく嬉しかった」
そう言って、
彼はほんのり頬を赤らめ、視線を落とした。
(……こんな表情、見たことない)
胸の奥が、じんわり熱くなる。
横にいた監督達が、こちらをみてにっこりと笑った。
「解釈を持ち込んで、アドリブできる役者さんと
モノづくりするのは本当に最高だよ!
ユキちゃん、この調子で、どんどんいこう!」
他のスタッフさんも頷いている。
「工藤監督って本当にそういうの好きだよね」
シン君の言葉に、
監督は豪快に笑い、大量のお菓子を頬張って去っていった。
(……工藤監督がそういうタイプだって、よく噂されてたけど。
本当で良かった……)
この現場に、この二人と一緒にいられることが、夢のようだった。
賑やかな笑い声に包まれた、和やかな現場。
けれど——
その光景を、
少し離れた場所から、じっと見つめる視線があった。
「……なによ」
リカの唇が、歪む。
「ただの脇役のくせに
いい子ぶって、現場の空気を全部持っていって……」
その瞳に、
はっきりとした敵意が宿る。
「……絶対に、許さない」




