第3話 変化の日々を照らす星
髪型のおかげで、鏡の中の自分は少しだけ凛として見えた。
刃物みたいに鋭い、でもどこか静かな輪郭。
髪色に合わせて、メイクも服も変えた。
——でも、それは事務所にとっては“不都合”だったらしい。
「イメージに合わないわね」
マネージャーは、私の髪を一瞥しただけでそう言った。
「そのおかっぱ、呪われそう。うちの看板に泥を塗るだけ」
乾いた声で、追い打ちのように続く。
「今日で契約終了ね」
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
一瞬、すべてを失ったような気がした。
居場所も、肩書きも、未来の輪郭も。
(いじめっ子たちからも離れられるし。
……シン君の言葉を、信じよう)
後悔は、なかった。
その夜、配信されたMUSEの新曲は、相変わらず心に刺さった。
♪
今日も面接に落ちたって?
こじれにこじれた問題?
うまくいかないことばかり?
大丈夫、みんなこっちにおいで
全部、かっ飛ばしてやる
♪
まるで、今の私に向けられたエールみたいだった。
サキとミナコと一緒に曲を聴きながら、
大道具のバイトに明け暮れた。
重たいセットを運び、埃だらけになって、それでも笑った。
稼いだお金は、美容と演技レッスンに注ぎ込んだ。
オーディションも、事務所任せにせず、
自分で探して片っ端から応募した。
続けているうちに、本当に少しずつ、運命が動き始めた。
最初は、ほんの些細な変化だった。
オーディション会場で、スタッフの視線が一瞬だけ止まる。
それから、「印象に残る」という言葉を
ぽつりぽつりと聞くようになった。
三か月後。
私は初めて、脇役の“謎めいたヒール役”として採用された。
深夜帯の連続ドラマ。
台詞は多くない。
でも、短い登場シーンが、SNSで思いがけず話題になった。
「なんか怖いのに、目が離せない」
「無表情なのに、感情が伝わってくる」
その文字を見つけるたび、胸の奥がじん、と温かくなった。
家に帰ると、チェストの上に並べたアクスタと五円玉の前に立つ。
そっと手を合わせて、心の中で報告した。
(……ありがとう!本当に、シン君のおかげだよ)
あの夜、車の中で笑っていた彼が、
今もずっと、背中を押してくれている気がした。
それからというもの、
“普通じゃない”役ばかりに呼ばれるようになった。
心を病んだ娘、無口な科学者、夢遊病の少女——。
脇役として、自然と声がかかる機会が増えた。
小さな個人事務所に、拾ってもらった。
社長は女優出身で、
「独特な個性なのに、すんなり現場に馴染むのね」と笑ってくれた。
大道具バイトでたくさんの女優さんを
現場で目の当たりにしてきた。
声の出し方、雰囲気づくり。
女優たちの「一挙手一投足」。
それぞれの監督の特徴もこっそり聞いていた。
そこでの経験が確実に、キャリアに役立ってきた。
夜、鏡の前で髪を撫でる。
彼の存在は、いつの間にか“憧れ”から“導き”に変わっていた。
まだ遠く、届かない星のような人。
それでも——。
いつかもう一度、あの光の届く場所へ行きたい。
シン君がただの憧れで終わらないくらい、
私も、ちゃんとした存在になっていたい。
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そうして、あっという間に三年以上の年月が過ぎていた。
二十七歳になった私は、テレビドラマで脇役をこなしながら、
ついに小規模な映画の主演を任されるところまで来ていた。
大道具や美術の手伝いのバイトをついに辞められた。
——ちゃんと、前に進めている。
そう思える日が、少しずつ増えていた。
忙しい毎日を支えてくれたのは、やっぱりMUSEの曲だった。
仕事に追われてライブには行けなかったけど、
よくミナコかサキの家で、鑑賞会をした。
あの後、ミナコは薬剤師に、サキは公務員に。
二人とも、私以上に忙しい毎日を送っていた。
それでも、誰かに聞いてほしい話があるとき、
どうしようもなく心が折れそうな夜には、自然と集まった。
「大丈夫!みんな一緒に、少しずつ進んでいこう!」
「何があっても、かっ飛ばしていこう!」
歌に重ねるみたいに、私たちは何度も励ましあった。
お酒を飲みながら、MUSEの映像を何度も再生して、
笑って、きゅんとして、少しだけ泣いた。
——でも。
いじめられていたことも、
テレビ局でシン君に会えた、あの奇跡みたいな夜のことも、
二人にはとても話せなかった。
あの日の出来事は、そもそも夢のようだった。
まるで、なかったかのように
シン君は、やっぱり遠い存在だった。
今も変わらず、新しい曲を作り、歌い、
踊り、輝いている彼から元気をもらっているだけだった。
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——そんな、ある日のこと。
所属事務所から、新しい台本が届いた。
放送は深夜枠。
三十代以上をターゲットにした、落ち着いた作品だった。
タイトルは
『渚の灯りが見えた時』。
田舎町の海辺にある小さな病院を舞台に、
外科医とナースの恋を軸に描かれるヒューマンドラマ。
診療所に持ち込まれる様々な病と人生に、
メインカップルが向き合っていく物語だ。
その中で、私に与えられた役は——
主人公の親友である、カウンセラー凛子。
少し風変わりだけれど、
人の心の奥まで、そっと気づくことができる女性。
そこへ手を複雑骨折し、
三ヶ月の入院を余儀なくされた音楽家、陸が現れる。
その、身も心も深く傷ついた彼と
恋に落ちていく——サブカップルの役だった。
(脇役だけど……すごく、いい)
中だるみを防ぎ、
空気を変え、物語に奥行きを与える存在。
台本を読み進めるほど、胸が締めつけられた。
こんな役を、私が任されるようになるなんて。
家に帰ると、いつもの五円玉の祭壇に報告した。
(本当にありがとう!)
そして数日後。
共演者リストを渡された瞬間、私の手は止まった。
——シン君?
目を疑った。
何度も、名前をなぞる。
陸:シン(MUSE)
あり得ない。ドラマ出演なんて一切しないはずの彼が、俳優として参加している。
しかも。
ヒロインのナース役は、
私をさんざんいじめ抜いてきた——
西村リカだった。
「……あの、MUSEのシンさんが、役者として出るなんて、
普段はあり得ないと思うんですが」
恐る恐るキャスティング担当さんに聞くと、
相手は少しだけ声を潜めて教えてくれた。
「昔から監督がファンで交流がありまして」
「本当に……特別なご出演ですよ」
胸の奥で、何かが音を立てて動き出す。
三年前。
倉庫で出会って、車に乗せてくれた、あの夜。
——これは、偶然?
それとも。
物語は、静かに、でも確実に——
次の扉を開こうとしていた。




