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第2話 危機の後の景色は予想外

 だが――倉庫を出て、

エレベーターホールへ向かった瞬間。

「ユキー!まだいるんでしょ?」

甲高い声が、背中に突き刺さった。

(……まだ探してるの?)

エレベーターのランプは、無情にも動かない。

焦って周囲を見渡した、そのとき。

「――これ、被って!」


突然、視界が真っ黒になる。

大きな黒いパーカーが、頭からすっぽり被せられていた。

「こっち向いたまま、動かないで」

低い声。

シン君だ。

彼と護衛さんが、私の前に立ち、

まるで壁みたいに視線を遮る。

「飯島〜?」

リカたちは、私に気づくことなく、

そのまま後ろを通り過ぎていった。


……助かった。

エレベーターが到着し、

私はシン君に肩を掴まれたまま、中へ導かれる。

扉が閉まる。

その瞬間、緊張が一気に解けた。


「よかったら、俺たちと一緒に、車でここ出ない?」

パーカー越しとはいえ、耳元で、囁く声。

「今ね、護衛さんとも話したんだけど

 ……君、このまま残るの、ちょっと危ない気がして」

「はい。もしよろしければ、ですが」

護衛さんからも低い声で促された。


本音を言えば――心底、救われたと思った。

「……本当にありがとうございます。お願いします」

「よかった」

エレベーターは、そのまま地下駐車場へ。

私はパーカーに顔を隠したまま、

護衛さんとシン君の車に乗せられた。


(……なに、この状況)

ラグジュアリーなハイエース系高級車。

しかも、シン君の隣の席。

信じられない。夢、だよね……?

車の中でパーカーを外すと、シン君が吹き出した。

「これ、完全に俺が女の子を拉致したみたいになってるけど

 ……大丈夫かな?」

「だ、大丈夫です」

「訴えたりしないでね。

 たぶん、このテレビ局の監視カメラ、全部“誘拐犯の俺”が映ってるから」

シン君は少し困ったような表情でこちらを見た。

「わ、私が……走って疲れて、送ってくださいってお願いしたんです!」

また、反射的に嘘が口をつく。


すると、彼は声を上げて笑った。

「ほんと、変わった子だなぁ」

エンジンがかかり、車がゆっくり動き出す。

シン君が前の座席に手をかけ、運転席の護衛さんに声をかけた。

「すみません。できれば、お家まで送ってあげたいんですけど。

 ……今日、時間は大丈夫ですよね?」

「はい」

護衛さんが、はっきり頷く。

「い、いえ!うちは東京の最果てなので……!

 通り道の駅で、大丈夫です!」

必死で言うと、シン君がくすっと笑った。

「なんだろ。

 君みたいに、気を遣って変なことばっか言う子、初めてかも」

「……私も、そんなこと言われたの初めてです」

視線が絡む。

心臓が、壊れそうなほど高鳴る。

今日は夜景が、やけに遠く見える。


「これ、よかったら」

彼はペットボトルの水を開け、

チョコパイを取り出して、包みを開けた。

(お腹空かせてる私に、シン君が気遣ってくれてる)

私は彼をぼんやり見つめてしまった。

すると、シン君が慌て出す。

「あ……ごめんね。拉致しといて、食べ物与えるとか……

 毒とか、入ってないから!」

そう言うなり、彼は急いで自分もチョコパイを食べ始めた。

「ほら、俺も食べるから!ね?」

「いえ、私のほうが……送ってほしいとか、食べ物ほしいとか、

 勝手にお願いしただけなので……本当に大丈夫です」

「あははは!」

車内が、嘘みたいに笑い声で満たされた。


――こんなに近くで、こんなふうに、彼と笑う日が来るなんて。


チョコパイを頬張っていると、シン君がこちらを向いた。

「テレビ局には、お仕事で来てたの?」

「いえ……オーディションです」

「そっか。女優さんだよね?」

「まだ全然です。今は、舞台しか立ってなくて……」

そう答えると、彼は一瞬だけ考えるような顔をしてから、

ふっと微笑んだ。

「舞台出てるなら、十分、女優さんだと思う」

胸の奥が、じんわり温かくなる。

「……頑張ってるんだね」

その一言に、思わず目が合った。

柔らかくて、まっすぐな視線。

(想像してたより、ずっと優しい人だ)


配信やステージで見る彼は、かなりクールなキャラだった。

でも今は、驚くほど自然に、穏やかな会話を続けてくれている。

チョコパイを食べ終えたころ。


この空気が壊れる前に――そう思って、私は勇気を出した。

「あの……一つだけ、質問してもいいですか?」

「うん」

「今、本当にずっとオーディションに落ち続けていて。

 どうしたら、受かると思いますか?」

シン君は少し黙って、まっすぐに私を見る。


「……君の髪さ。柔らかそうだけど、

 元の色は、焦げ茶?それとも、真っ黒?」

「焦げ茶に近い黒です」

「じゃあ前髪を作って、おかっぱにしてみて」

「……え?」

息を呑む私に、彼は穏やかに続ける。


「今の君、

 “よくいる綺麗な女の子”に寄せようとしてる気がする」

胸が、どきりと鳴った。

「でも本当は、もっと違う。

 しなやかだけど、潔くて、芯が強い色を持ってるはず」

彼の言葉は、なぜか否定に聞こえなかった。

「君の顔立ち、目が大きくて、少し古風だよね。

 流行に合わせるより、あえて時代を逆行した方がいい」

「……」

「そうした方が、

 君の『透明感の中の強さ』が、ちゃんと浮かび上がると思う」

その言葉は不思議なくらい、胸にすとんと落ちた。


「……ありがとうございます!」本当に深く頭を下げる。

「全部、言う通りにします」

彼は笑った。

「あはは。期待してるね」


 車は、やがて駅前に着いた。

シン君は財布を取り出し、一万円札を差し出してくる。

「よかったら、電車代と……スマホのお礼に」

「めっそうもないです!」

手と頭をぶんぶん振って断ったが、

このままだと車を出られなそうだった。

「じゃあ……」私は少し考えてから言った。

「五円玉をいただけませんか?」

「……え?」

「すごくほしいんです。どうしても」

私は強引に押し切るような形で言ってしまった。


すると、彼は不思議そうな表情で、財布から五円玉を差し出した。

「ありがとうございます!

 車にも乗せてもらったのに、五円まで頂いちゃって……!」

私の大喜びに、彼は声を上げて笑った。

「もう!ほんとに!

 君って予想できないことばっかりだな」

「今日は本当にありがとうございました!

 この御恩は、一生忘れません!」

深々と頭を下げて、車を降りる。

そして、急いで扉を閉め、振り返らずに駅へ向かった。


(この五円玉、リボンをかけて家宝にしよう。

 アクスタと一緒に飾ろう)

憧れのシン君は、想像していたよりずっと素敵で、

ずっと人間らしい人だった。

夢みたいな時間。


……いや。このまま夢の続きを見たら、

戻れなくなりそうだった。


もう私の胸の奥は、彼の横にいたいと騒ぎ出してしまっていた。

だから私は、ピシャリとすぐに扉を閉めたのだ。

自分を、現実に引き戻すために。


それでも――この幸福を抱えたまま、

その夜すぐ、美容室の予約サイトを開いた。


(……信じてみよう)

彼の言葉を。

そして、自分自身を。

翌日、美容室を出たユキは、軽い頭と共に、

視界がクリアになった気がした。

鏡の中で、黒い髪が頬をなぞる。

元の色に戻したのに、劇的に変わっていた。

まるで全く知らない、新しい自分が映っているようだった。

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