第16話 合宿前夜の期待値
午前九時。
今日は夜の撮影が多く、スタジオ入りは午後からだった。
目が覚めてすぐ、お風呂に入って準備を整える。
部屋に戻ると、スマホが光っていた。
『おはよう。昨日遅くまで眠れなかったんだけど、
よくわかったね。
おじいちゃんみたいなメッセージと画像のおかげで
眠れて助かったよ。ありがとう』
(シン君からだー!!)
思わずスマホを胸に抱えて、ソファに倒れ込む。
嬉しすぎて、クッションに顔をぎゅっと埋めた。
昨日、メッセージを送ってから十二時まで待ってみた。
既読はつかず、
もう寝てしまったのか、
それとも迷惑でブロックされたらどうしよう、なんて
一人で勝手に不安になっていたのに。
たった一通で、天にも昇る気分だった。
(でも「おじいちゃんみたい」って……)
はは、と一人で笑う。
さすがにツボの画像は色気がなさすぎたかもしれない。
『眠れたならよかったです!
また撮影、よろしくお願いします』
送信してすぐ、返信が返ってきた。
『うん。次も会えるの楽しみにしてるね』
(きゃー!! シン君!!)
クッションを思い切り抱きしめる。
(私、世界で一番幸せなんじゃないだろうか)
無意識に、自分の左手を見つめていた。
画面越しに憧れていたあの素肌や髪に、
昨日、私は触れてしまった。
神様みたいな存在だったシン君が、
ちゃんと現実に存在している。
初めて見た背中は、想像よりずっと大きく、骨張っていた。
Tシャツ姿のときは
華奢で、丸みがあって、女の子みたいだと思っていたのに。
思わず、後ろから抱きしめたくなるような気持ちが湧く。
(全然ダメだ。
もう、毎日シン君のことしか考えられない)
他のラジオの仕事も並行してやってはいたけれど、
私の細胞は全部、シン君に全集中していた。
家にいると、
MV、シン君のYouTube、
みんなとの写真。
何度も、何度も見返してしまう。
今日も会える。
それだけで胸がいっぱいだった。
たとえ話せなくても、
顔が見られるだけで、
声が聞けるだけで幸せ。
(ファンだからって、さすがに今の私、やばいかな)
欲望のままに生きすぎているかもしれない。
でも、この時間はもう二度と来ない。
そう思うと、
一瞬も無駄にできなかった。
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来週から三泊四日。
本物の海辺の診療所での撮影がある。
メインキャストは、
さらに合宿をしてきたらしいけれど、
今回は最後の、全員合同の合宿。
(また、前のホテルと同じ部屋だ)
前回の合宿での、
シン君とのやりとりを思い出す。
でも、周りの誰にも気づかれないようにしなければ。
このドラマのクランクアップまで、
とにかく穏便に。
静かに。
何も起こさないように。
私がシン君に浮かれていることが、
一ミリでも伝わったら大変だ。
最近、常に現場ではクールな表情を意識して、
撮影が終わるとすぐに退席するようにしていた。
主演のリカやカイト、白石たちは楽しそうなグループができている。
毎日、私はマネージャーさんと
一瞬だけシン君の楽屋に挨拶に行って、そそくさと帰る。
――でも、今日は。
シン君から、メッセージが届いた。
『明後日からの合宿だけど、ノアが来るんだ』
一瞬、意味を考えてしまう。
なんて返せばいいんだろう。
ミナコも呼びたいくらいです、
というファン心と。
それなら、
また変装して部屋に行ってもいいですか?
という、完全に邪な気持ち。
どちらも送ってはいけないような気がする。
迷っていると、
続けて写真が三枚送られてきた。
『ノアのコーデはこれです
参考までにwww
また変装して遊んでくれたら嬉しいな』
猫がサングラスをかけて笑っている絵文字。
自分のクローゼットを思い浮かべる。
このウィンドブレーカーのセットアップも、
持っていたはず……。
以前から、私服を買うならMUSEと合わせたい!
と思っていた。
でも、
シン君のコーデはヴィンテージものばかりで、
なかなか手に入らなかった。
その隣にいるノア君は、
いつもメディアに取り上げられていて、
しかも服は手に届く値段。
「シン君の隣にいる人の格好」
それができるだけでも嬉しくて、
気づけば買い漁っていた。
まさか、
それがこんな形で役に立つ日が来るなんて。
……完全に、
シン君の部屋に忍び込みたい気持ちが
ダダ漏れだった。
(できるだけ、そばにいたいな)
思わず、
自分でも笑ってしまう。
ノア君もこの変装のこと、知ってるのかな。
ふと、あることを思いついた。
――ミナコに電話してみよう。
スマホの呼び出し音が三回鳴って、
ミナコの明るい声が聞こえてくる。
遠足前みたいな、胸が浮き立つ夜。
外の風は、夜でももうかなり暑かった。
普段は汗をかくことがしんどいのに
なんだかとても心地よく感じた。




