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第14話 撮影の残像と楽しい約束

ユキの目の前に、シンの頬と鼻先が、

息がかかるほどの距離まで近づいてくる。

「大丈夫だよ、きっと」

「……信じていよう」

シンの胸がうるさく鳴る。

小さな肩を抱く彼の手に、

ほんの少し力がこもった。


――このまま、顔が触れてしまいそうな空気。

「はーい、カットーーー!」

「撤収入りまーす!」

一気に、現実に引き戻される。


 今日のラストは、

ユキとシンが子どもたちの肩を抱き、

励ますシーンだった。

挨拶を交わし、それ以上は何もなく

――それぞれが控え室へ散っていった。

今日も、何事もなく撮影は終わった。

気づくとユキは帰った後だった。


ドラマの中では――

ユキが演じるカウンセラー・凛子と、

シンが演じる音楽家・陸の距離は、確実に縮まっていた。

音楽で、昏睡状態の母を待つ子ども達の心を支えることが

二人の絆になっていた。けれど。

サブカップルの物語はかなり減っていく。

子供の母親を目覚め、退院する展開になる--と聞いた。

主演カップルにフォーカスを当てるためだ。


(……完全に、こっちも手詰まりだ)

シンは、事務所に呼び出して以来、

ユキと現場で挨拶を交わす程度しか話せていない。

(……せめて、もう少し挨拶すればよかった)


本当は、話たいし、引き止めたい。

けれど、スタッフや共演者の前で、あまり迂闊なことはできない。

合宿の頃の仲良くできたことが奇跡に近かった。

(よく考えたら、

 『一緒にいて一番楽しい』とか……

 『ノーパン』とか……言っちゃったな)


一気に血の気が引いた。

――セクハラだったんじゃないか。

気持ち悪いと思われてたらどうしよう。

もうとっくに距離を置かれているかもしれない。

最悪だ。

考えたくもない想像が、シンの中で勝手に膨らんでいく。


 初めて会った日から、変わった子だったけれど。

テレビで本当におかっぱになった彼女を見て、驚いて大笑いした。

もっと話してみたい、とずっと思っていた。

共演できて、一緒にいた時間は想像以上に楽しかった。

向こうも楽しそうに笑ってくれていた気はするのに。

最後に何を話したかを思い返しても――

浮かぶのは、くだらない話ばかりだった。


沈んだ気持ちのままスマホを見ると、

ノアからメッセージが届いていた。

『今日、七時には上がるって言ってたよな?

 ここ来てるんだけど、お前も来ない?』

送られてきたのは、完全個室の薬膳料理店。

業界でも有名な店だった。

鍋料理に、豆料理に、おばんざい。

体に優しいのに、ちゃんと“ご馳走”の味がする店。


さらに送られてきた写真を見て、シンは目を見開いた。

(……ミナコさんと、サキさんもいる?)

サキの隣には、見慣れない男性。

距離感からして――たぶん、サキの彼氏。

(このメンツ……)

喉が少しだけ鳴る。

(……ユキちゃんも、来るのかな?)

シンは「行く」とだけ返信し、

急いで着替えを始めた。


-------

 マネージャーを帰し、シンは車を飛ばす。

気づけば、夕日はすでに沈み、

街は夜の色に染まりはじめていた。


店に着くと、すぐにスタッフに案内された。

「いらっしゃいませ。奥のお席へどうぞ」

通された個室は、外からでもわかるほど賑やかだった。

「おかえりなさーい!」

ミナコとサキの声が弾む。

そして、その隣に

――ちょこん、とユキが座っていた。


(……よかった。会えた)

胸の奥が、一気に軽くなる。

シンは心の中で、ノアに深く感謝していた。

(ノア、ありがとう。お前……本当はいい奴だったんだな)

ノアの肩を手でポンポンと触れ、ユキに声をかける。

「ごめん、来てたんだね?

 わかってたら俺の車に乗せられたのに」

「ありがとうございます。

 マネージャーに送ってもらったので、大丈夫ですよ」

会話を続けながら、自然な流れを装ってユキの隣に腰を下ろす。

(……ぎ、ぎこちなかったかな)


一瞬だけ落ち着かず、周囲を見回す。

すると、ものすごくニヤついたノアと目が合った。

「……な、なんだよ」

「シンはノンアルね!

 こちら、サキちゃんの彼氏さん。本田洋一さん」

「どうも、初めまして」

笑顔で差し出した手を、本田も柔らかく握り返してくれた。


「お話は伺っています。

 こんなに素晴らしいファンサービス、

 ありがとうございます」

「いえ……むしろ僕のほうが、

 皆さんのお話に元気をもらったので」

「僕なんかまでお邪魔してしまって、すみません」

「サキちゃんの彼氏さん、会ってみたかったんだよねー、シン」

人懐っこいノアは、すっかり打ち解けたように会話していた。

「はい。お医者さんって聞きました」

「まだ研修が終わって、一年目なんですけど」――不思議だった。

こんなふうに、初対面の相手と話せている自分に、

シンは内心、少し驚いていた。


普段とは違って、ユキといる時間は

自分から頑張らなければ、

つながらない距離だとわかっていた。

相手は、女優だ。

慎重にいかなくてはならない。


高校を卒業してから、

女性と個人的に話す機会は、ほとんどなかった。

スタッフ達を気にしたこともない。

ユキと仲良くなりたくても、

どうすれば距離が縮まるのか。

わからなくて、ネットで調べて、

少しずつ試している最中だった。

①楽しく話しかける。

②好きなものを知る。

③友達とも仲良くなる。

④まずは、警戒心を解いてもらう。


避けられたり、話せなくなったりすることを想像すると、

少しでも、自分に努力が必要だと思った。

サキや、本田、ミナコとも必死に話を合わせた。

--けれど不思議と、嫌な気持ちはしなかった。

みんな、いい人だ。

普通に、面白い。


「外でのご飯、大丈夫だった?」

話がひと段落したタイミングで、ユキに声をかける。

「はい。ここだと食べられるものも多くて、

 個室ですし……ありがたいです」

シンとユキの話に自然とサキが入ってくる。

「ユキが外食って、本当に珍しいので」

「こういうお店をご存じなんて、さすがですね。

 体調管理系のお料理もあるのに、お酒もノンアルもあって」


「実は僕は、

 ゆっくりミナコさんとユキさんと会うの、初めてなんです」

本田も自然とシンを見た。

「こんな機会をくださって、ありがとうございます」

ノアとシンに、丁寧に頭を下げる。

なんだか、くすぐったい。

「そんなそんな」

みんな、とても素直で、穏やかな人だった。

自然と、好感が持てる。

――いい時間だ。

そう、素直に思えた。


会話がひと息ついた瞬間。

「普段、お休みの日って何してるんですか?

 取材用ではなく」

サキは余裕の表情でビールを傾けながら、

シンとノアへ遠慮のない質問を投げた。

「いつも話す通り。

 こいつ本当にずーーーっと家に引きこもってて。

 音楽聴くか、作るか、レビュー漁るか」

ノアがさらっと言う。


それは、テレビや配信でもよく語られている話そのままだった。

「本当ですか? 番組用のキャラとかじゃなくて……?」

サキの問いに、ノアはぶんぶん首を振る。

「いや、ガチ。

 音楽か、映像サブスクか、それしかしてない」

「一応、料理もするよ」

「家で、でしょ?

 超・引きこもりってことは変わらないから」


シンが少しだけ居心地悪そうな顔をする。

それを見て、ついユキも口を開いた。

「じゃあ、ノア君は休日何してるんですか?」

ノアは一瞬考えるように上を見た。

「うーん、サブスクも見るけど……やっぱサッカーかな」

「ノア君のおかげで、私もPリーグだいぶ詳しくなりました」

ミナコが目をキラキラさせて、彼の方を向いた。

「おー!嬉しい!!」

ノアのテンションが一気に上がる。

「実は、僕らも好きなんです!スタジアム旅行、羨ましかったです」

サキと本田も身を乗り出した。

「よく知ってるね!」

場は一気にサッカー談義で盛り上がる。


――そんな中、シンがふとユキを見た。

「ユキちゃんの趣味は? 休みの日、何してるの?」

「私ですか……。

 スーパー銭湯行ったり……家のお風呂入ったり……

 あとは、みんなと銭湯行ったり……」

「わはははは!全部、風呂じゃん!」

シンが腹を抱えて笑う。

ユキは半笑いのまま、きょとんとしていた。


「じゃあ温泉も好き?」

少し考えて、ユキは首を傾げる。

「いつか行きたいねーって話はするんですけど

 ……お金かかりますよね」

「旅行しないの?」

「街歩きとか好きで、

 すごく行ってみたいんですけど……行ったことなくて」

「えーー!?」


シンの素の驚きに、ユキは視線を落とした。

「すみません。引きますよね。 二十七にもなるのに…… 本当に、笑えないくらいお金なくて」

「問題はお金だけなの?」

「はい」

少しの沈黙のあと、シンが言った。

「じゃあさ。ドラマの撮影終わったら、みんなで温泉行こうよ。

 車も俺出すし」

「ええ!?」


ちょっと言い過ぎたか、と一瞬シンは焦る。

「ごめん。嫌なら全然いいんだけど」

「……シン君の方が、ご迷惑じゃないんですか?

 私は……最高に嬉しいですけど」

俯きながら口元が緩むユキを見て、シンはほっと息をついた。

「人目つかないとこ、ちゃんとあるから。

 セキュリティも大丈夫。

 俺、みんなの分出すよ」

「そんな……そこまでしてもらうわけには……」


「合宿所みたいなとこでさ。

 一泊五千円くらいだから大丈夫」

「安いですね!

 それなら、みんな払えますよ!」

「じゃあ……行くってことで、いい?」

「はい……ありがとうございます!」


「え? 温泉!? 行く行く!!」

ノアが即座に食いついた。

「いいんですか?」

「僕もいいんですか?」

サキと本田も目を丸くする。


「あ、ごめん。

 俺達から温泉行こうとか、普通にキモい?

 変なこと絶対ないし、部屋も分けるし……

 あ、でも卓球とカラオケはやりたい」

シンの代わりに、なぜかノアが真剣な表情でみんなに話した。

「卓球やりたいですね」

本田さんももうなづく。

「学生の合宿みたいで楽しそう!」

ミナコはすでに乗り気だった。


もう、誰も反対する空気ではなかった。

ノアのまっすぐな瞳を見て、疑う人なんていない。

女子三人は顔を見合わせる。

ミナコがサキを見て、両手を合わせて祈るような顔をした。


「ノア君の生歌、思う存分聴けるチャンスなんだよ!?」

彼女は思っていることが、そのまま全部声に出ていた。

その場にいた全員が、吹き出した。

「……では、ぜひ、お願いします」

代表するように、サキが言う。

「はい。喜んで」

シンの言葉に歓声が上がる。

「わーい!嬉しい!」

ミナコがユキに思い切り抱きついてきた弾みで

シンとユキの腕がぶつかった。


(わ……!)

彼女の腕の感触に思わずドキッとしてしまう。

柔らかな髪も肩にふんわりかかる。

「こらこらー酔っ払ってるな!」

ユキはミナコの腕を振り解いて、さっとシンから離れた。

「すみません、ぶつかっちゃって」

そう言うユキも顔が真っ赤で、シンまで心音が速くなる。

「全然」

(時間が止まればいいのにと思ったくらいで……)

笑顔のみんなの中で、一際ユキの笑顔が明るく見えた。


その夜は、遅くまで笑い声が続いた。

そして――

ノアと同じマンションに戻った夜。

シンは、久しぶりに

何も考えず

ただ、深く、深く、眠った。

ユキがのけぞる。


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