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ヒューマンドラマ

風鈴と缶ビール

作者: しぃ太郎
掲載日:2025/12/20

仕事帰り、隣の家の灯りに気づいた夜。

缶ビールを飲みながら、あの音が聞こえてくる。


 夜、仕事から帰ると、線香の香りが鼻についた。


 ――チリン。

 風鈴の音が風に乗って聞こえてくる。


 夏だからか?

 お隣のお婆さんに会釈しようとした瞬間。


 白い包帯が目に入った。

 それはお婆さんの腕に巻かれていた。

 宵闇に白く浮かび上がっているそれが、やけに目についた。


 ――チリン。


 どうしたのか。

 まあ、俺が口に出すことでもない――。

 この場を立ち去ろうとした瞬間、ふと視界に入った。


 ……あぁ。

 そうなんだ。


 カーテンの閉められていない、家の窓。

 電気の灯りで、部屋の中が丸見えだった。

 そして。

 その窓際に、遺影が置かれていた。


 ――チリン。




 たまに挨拶を交わす程度の人だった。

 まぁ、やたらと絡まれて迷惑だったが。


 ずいぶんと昔に、元教師だと聞いたことがある。

 はは。

 きっと煩すぎて、生徒は苦労しただろう。

 俺があの人の教え子だったら、きっと何度も何度もぶつかっていたに違いない。


『痩せすぎだ、これを食べろ』

『少しは身体を動かせ』


 そんな、どうでもいいことばかり言われていた。

 正直、どう返せばいいのか分からなかった。


 ――チリン。


 奥さんもそうだ。

 ――いつも、満面に笑ってくれる人だった。

 お隣さん夫婦は、何故かいつも居心地を悪くする。


 自分の部屋に入り、冷蔵庫を開ける。

 缶ビールを一本取り出し、開けた。


 そのままベランダに出て、夜風に当たる。

 飲みながら、空耳がした気がした。


『若いくせに飲み過ぎだ』

『いつまで独り身でいるつもりだ?』


 うるさい声が、頭の中にこびりついて離れない。


 ふと隣の家を見ると、奥さんが窓際でぼんやりと夜空を見上げていた。


 そういえば、毎年バーベキューに誘われていたな。

 そろそろ誘われてもおかしくなかった時期だ。

 本当は、それだって迷惑だった。


 ぐいっと、ビールを煽る。


 それでも――。

 少年院から帰った俺を、一番に出迎えてくれたのはあの人だった。


 実の親にも見放されたのに。


 そうだ。

 ずっと苦手だったんだ。

 なんでか知らないが、すぐこちらに構いたがる、あの性格が。

 ……ずっと。


 ビールを一気に飲み干す。


『そろそろ、お前の嫁さんでも見たいな』


 ――何様なんだよ。親でもないくせに。


『家族がいるってのは幸せだぞ。守るものがあると、生きる気力になる』


 ――その奥さんを、あんな顔にさせてるじゃないですか。

 慰めてあげてくださいよ。自分で。


『今度、またバーベキューやるからな。今度は絶対来いよ』


 ――今度こそ行きますから。

 また、やってください。

 隣で、遠くで、楽しそうな風景は見てきました。

 俺も一度くらい、混ぜてください。


 缶ビールが空になる頃、隣の家の明かりが消えた。


『お前、挨拶は人としての礼儀だぞ』


「おやすみ、お隣のおじいさん」


 ――チリン。

 

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― 新着の感想 ―
風鈴の音には心というか、魂を落ち着かせる効力がある気がします。挨拶って、大事だし、難しい。短い文章の中にも、ご夫婦の雰囲気や性格が伝わってきて、優しさと寂しさへの感情移入が最高です。
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