風鈴と缶ビール
仕事帰り、隣の家の灯りに気づいた夜。
缶ビールを飲みながら、あの音が聞こえてくる。
夜、仕事から帰ると、線香の香りが鼻についた。
――チリン。
風鈴の音が風に乗って聞こえてくる。
夏だからか?
お隣のお婆さんに会釈しようとした瞬間。
白い包帯が目に入った。
それはお婆さんの腕に巻かれていた。
宵闇に白く浮かび上がっているそれが、やけに目についた。
――チリン。
どうしたのか。
まあ、俺が口に出すことでもない――。
この場を立ち去ろうとした瞬間、ふと視界に入った。
……あぁ。
そうなんだ。
カーテンの閉められていない、家の窓。
電気の灯りで、部屋の中が丸見えだった。
そして。
その窓際に、遺影が置かれていた。
――チリン。
たまに挨拶を交わす程度の人だった。
まぁ、やたらと絡まれて迷惑だったが。
ずいぶんと昔に、元教師だと聞いたことがある。
はは。
きっと煩すぎて、生徒は苦労しただろう。
俺があの人の教え子だったら、きっと何度も何度もぶつかっていたに違いない。
『痩せすぎだ、これを食べろ』
『少しは身体を動かせ』
そんな、どうでもいいことばかり言われていた。
正直、どう返せばいいのか分からなかった。
――チリン。
奥さんもそうだ。
――いつも、満面に笑ってくれる人だった。
お隣さん夫婦は、何故かいつも居心地を悪くする。
自分の部屋に入り、冷蔵庫を開ける。
缶ビールを一本取り出し、開けた。
そのままベランダに出て、夜風に当たる。
飲みながら、空耳がした気がした。
『若いくせに飲み過ぎだ』
『いつまで独り身でいるつもりだ?』
うるさい声が、頭の中にこびりついて離れない。
ふと隣の家を見ると、奥さんが窓際でぼんやりと夜空を見上げていた。
そういえば、毎年バーベキューに誘われていたな。
そろそろ誘われてもおかしくなかった時期だ。
本当は、それだって迷惑だった。
ぐいっと、ビールを煽る。
それでも――。
少年院から帰った俺を、一番に出迎えてくれたのはあの人だった。
実の親にも見放されたのに。
そうだ。
ずっと苦手だったんだ。
なんでか知らないが、すぐこちらに構いたがる、あの性格が。
……ずっと。
ビールを一気に飲み干す。
『そろそろ、お前の嫁さんでも見たいな』
――何様なんだよ。親でもないくせに。
『家族がいるってのは幸せだぞ。守るものがあると、生きる気力になる』
――その奥さんを、あんな顔にさせてるじゃないですか。
慰めてあげてくださいよ。自分で。
『今度、またバーベキューやるからな。今度は絶対来いよ』
――今度こそ行きますから。
また、やってください。
隣で、遠くで、楽しそうな風景は見てきました。
俺も一度くらい、混ぜてください。
缶ビールが空になる頃、隣の家の明かりが消えた。
『お前、挨拶は人としての礼儀だぞ』
「おやすみ、お隣のおじいさん」
――チリン。




