第88話 ラムの思い出④『アリオーの願い』
――ラム、逝く前に一つお願いがあるんだ。
『勇者』アリオー・クルセイドが皴にまみれた瞳をラムに向けて言った。
アリオーの老化は留まることを知らず、急激に進んだ。
そうして最期の時はもうそこに迫っている。
ラムが手を下さなくとも、アリオーの命はもう間もなく尽きるだろう。
「それでも僕は、君の役に立ちたいんだよ」
ラムは親友でもあるこの『勇者』を取り込むことを迷っていたのだが、その時に彼はそう言って柔らかく微笑んだのだ。
友の「希望」はそこに在る。
だから、ラムはもう迷ってはいなかった。
それなのに、この最期の時に、まだ「願い」があるというのだ。
「なんでしょうか。叶えられることなら頑張ってみますが?」
「ふふふ。君に叶えられなかったときは、もう、諦めるしかないから、そこはそんなに気にする必要はないよ。それに、この「願い」はそんなに難しいことじゃない。君にとっては、ね――」
そう言って、アリオーが告げた「願い」というのは、確かにラムにとってはさほど難しいことではなかった。
――もしこの先、クリレール王国とカリセルス王国が戦争状態になったら、それを止めてほしいんだ。
クリレール王国はアリオー・クルセイドの故郷であり、カリセルス王国は彼らの「義姉」でもある、カーラ・レッドラインの故郷だ。
もう一人の親友、ヴェルナード・カインラッドの故郷は、遥か北方の国であるため、クリレール王国と戦争になる可能性は低い。
隣国同士であるクリレールとカリセルスはレイジャーフッドの森を挟んで対峙しているため、今後の動向によっては戦争状態に陥ることは充分に考えられた。
アリオーはカーラの祖国と自分の祖国が戦争状態になることを忍びなく思っているのだろう。
「わかりました。方法は私に任せてもらっていいんですね?」
と、ラムは請け負う。
「ああ、それで人が死なないのであれば方法は任せる」
と、アリオーが安心したように微笑んだ。
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「どこかの魔術師が、大地に亀裂を走らせたのでしょう。たった一人の誰かの願いの為に――」
ラムがレイジャーフッド大森林を上から眺めながらそう言った。
「あれが魔術師の仕業だというのですか? さすがにそんな大魔導士なんて、聞いたことがありませんよ?」
と、ラムに向かって言ったのはレイラさんだ。
「――確かにな。あんなことができるならそいつは『魔王』や『勇者』以上の実力者だろうからな」
と、レイラに同調したのはジュエレーだった。
トールはラムのことをこの二人よりは知っている。
少なくとも、いま言った彼女の言葉がただの「推論」のようには聞こえなかった。
「誰かの願いのためってどんなことだ?」
トールはラムにそう聞き返した。
ラムは少し寂し気な目で森林を眺めながら、
「争いを本当は好まない優しい友人のため――とかですかね」
と、そう小さくつぶやくと、
「さ、もう行きましょう。私、お腹が空いてきました」
と、トールたち3人の方に視線を戻して言った。
「お昼ご飯だよな!? 私もさっきからお腹が鳴ってたんだよな! なあ、どこで食べる?」
と、ジュエレー。
「それなら、少し下ったところに泉が沸いているところがありますから、そこでお昼にしましょう」
と、レイラさん。
トールも空を仰ぎ見て、もう日がとうに頂点を過ぎていることに気が付く。
「今日の昼ごはんはご馳走ですよ? なんたって、私が朝早くから並んで手に入れてきたんですからね?」
そう言って手に提げているバスケットを掲げてみせるレイラさん。
彼女が朝早くに旅館を出て街へと繰り出していたのはその為だったと3人も知っている。
中身が何にせよ、ガイド役であるレイラさんがわざわざ用意してくれたものなのだ。期待には充分に応えてくれるだろう。




