第76話 聖魔術師ジューダス・ネイ・フィオルテ
話は少しさかのぼる――。
アドルフィーネ・マインツァは、見慣れた天井を見上げて横になっている自分に気が付いた。
ズキッと、左前腹に痛みが走ったような気がして、思わず左手で腹を押さえる。が、そこにはもう傷跡すら残っていなかった。
(ジューダスの仕業か――。くそ、裸を見られたか? 最悪だな……)
アドルフィーネは傷のことよりもそっちの方が気になり、思わず上気してしまう。
ジューダス・ネイ・フィオルテは、『聖魔術師』だ。
アドルフィーネよりは8つも上だから、向こうはこちらのことを年の離れた「妹」程度にしか思っていないことは承知している。
しかし、アドルフィーネが彼のことを本気で想うようになってからはもう5年ほどが経つ、か――。
この秘めたる想いが成就するとは到底思えないのだが、ジューダスにも伴侶がいないのだから、可能性がないわけではないと今もそう思い続けている。
(どのぐらい眠っていたのか――。まあ、生きていたんだ。いいじゃないか。あ、報告がまだ出来ていないだろうから、王朝に行かなければ……)
そう思って、体を起こそうと、ベッドの上で身体をよじる。
はらりと、白いシーツが落ちると、案の定、素っ裸だ。
(だから、聖魔術師は――!)
聖魔術師の治療術式は、完全なる聖属性魔術式を用いるものであり、その効用はとても素晴らしく、傷跡すら残らない程の完全修復術を可能とする。
が、弊害もある。
聖魔術式は他属性の干渉を受けやすい性質があるため、施術の際には、全ての装備を――下着すら――身に着けていてはならないのだそうだ。
もし、聖魔術師がエロオヤジだった場合は、貞操の安全を保障しかねるところだが、実際にはそんな心配はない。
なぜなら、聖魔術師はこの世界にたった一人、ジューダス・ネイ・フィオルテしかいないからだ。
(そのジューダスは、女を女と見ていないしな――)
それもアドルフィーネにとっては、問題といえば問題なのだが。
(で? 私の下着は、どこだ――?)
そう思って、ベッドから離れようとした時、不意に扉が開いた――。
「あっ――」
「やあ、アドル、気が付いたかい? どうだ? 傷跡は随分薄くなってたろう?」
思わず、喚声を漏らすアドルフィーネ。これに対し、全く気にする様子もない男の声が被る。
「な、なにを、見ている!? 目を逸らせ!」
「どうしてだい? 私は聖魔術師だぞ? 治療の経過を確認するのは、当然のことじゃないか――」
「う、うるさい! もう直ってる! いいから少し、部屋を出ていろ!」
「ふむ。なにを恥ずかしがってるんだ? 傷口を見せて――ぐえっ!? アドル、ひどいじゃないか」
アドルフィーネはベッドの枕をもって、傷口を確認しようと近づけてきたジューダスの顔を殴りつけた。
「大丈夫だ――! 早く出て行かないと、蹴り殺すぞ!」
何とかシーツを引き寄せ、それを体に巻き付けつつ、キッとジューダスを睨みつけるアドルフィーネだった。




