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AI世界樹:ユグドラシルと呼ばれた生命  作者: Kamemaru
1章:ユグドラシルの世界
8/8

第7話:休暇

 セリスは第3区画の街外れをゆっくりと歩いていた。

 午後の日差しが彼女の髪を照らし、そよ風が頬を撫でる。向かう先は、ひっそりとたたずむ木造建築のカフェだった。

 店内は、心地よい静寂と本の香りに包まれている。読書の時間が、人々の疲れをそっと癒している。


 都市部の郊外では、こうした自然素材を活かした家屋のカフェが、一部の人々の間で人気を集めていた。自然保護区の森林地帯では、ユグドラシルAIが最適な間伐処理を行い、森林の生育環境を守っている。

 伐採された木々は都市部に運ばれ、様々な用途に活用されていた。


 セリスは休暇にはこうしたカフェを巡る事が多かった。

 決まった席、決まった飲み物、そしてページをめくる動作が、彼女の中で日常と非日常を分ける境界線を引いてくれる気がした。



 扉をくぐると、セリスは窓際の席に腰を下ろした。

 オーダーは、日替わりパスタランチセット。この店はユグドラシル自然保護区の食材にこだわっており、セリスはそれを目当てに訪れていた。


 流通する食材の多くは都市内で生産されているが、自然保護区の調査や生態系維持の観点から、捕獲・採取された食材が一部流通している。

 しかし、これらの食材は直前まで品目が分からず、大量供給も見込めないため、飲食店向けに少量だけ流通していた。


 店内を香ばしい匂いが包み込む。フライパンの中でキノコが弾けるように音を立て、表面にこんがりとした焼き色がついていく。湯気とともに立ち上るバターの香りが、窓際の席まで届いていた。

 読書に没頭していたセリスの意識は、ゆっくりとパスタへと引き寄せられていく。

”やっぱり、パスタランチセットにして正解だった。今日もいい日になりそうね……”

「……すみません」

 目の前の少年の声で、セリスは我に返った。



 まだ10代前半の華奢な体つき。透き通るような声、きれいな銀髪……。

 その少年はセリスに微笑みかけ、口を開いた。

「相席、いいかな?」

”……いや、よくない”

「……はい、いいですよ」


 少年はくすっと笑い、悪戯っぽい口調で話しかけてくる。

「もう~、セリスちゃんったら、心の声が顔に出ているよ?」

 セリスはため息交じりに応えた。

「どうしてレン君がここ(第3区画)に?」


 タカミ・レン(Takami Ren)──特別資源管理官。

 第7区画の特別主任研究員。最も長く主任研究員を歴任している。

 細身で少年のような容姿をしているが、遺伝子操作の副作用により外見年齢が固定されている。

 穏やかで思慮深く口数は少ないが、セリスと二人きりの時にはよく話しかけてくる。



「ボクだってこの店のファンさ、月に一度は来ているよ。特に、ここの”きのこパスタ”は絶品だよ」

「ええ、それには同意するわ」

 ほどなくして、二人の前にパスタとサラダが運ばれてくる。

「きのこクリームパスタと、ツナとセロリのサラダのセットでございます」

 バターソテーされたきのこから、ふわりと広がる香りが食欲そそる。

 新鮮なセロリとツナが、少量のマヨネーズと酢で和えられ、爽やかな食感とさっぱりした風味が心地よい。


 セリスが、テーブル横にあるホログラムモニターを操作する。

 食後のドリンク、ユグドラシル産茶葉の紅茶。これもセリスにとって外せないメニューの一つだった。

「ふふ、セリスは本当に紅茶が好きだよねー。あ、ボクはアイスカフェラテ……」

「ご自分でオーダーしてください」

 そう言うと、セリスは手元の本に目を移していた。レンはわざとふてくされたような顔をしてオーダーを入れる。



”ん?……森の宝石:ユグドラシルのきのこ図鑑”

 レンはオーダーを入力しながら、セリスの読んでいる本のタイトルが目に留まった。

”ユグドラシル野草クッキングガイド……”

「へぇー、セリスは料理もするの?」

 彼女にしては珍しく、食材や料理のレシピ集を読んでいる。

「……あまりしません、食材として興味があるだけです」

「ふふ、セリスが植物の味にまで詳しくなったら、もうAIに植物のことを聞く必要なくなっちゃうねー」

 この年長者はいつもニコニコ笑いながらからかってくる。

 可愛い見た目に許してしまう自分が、少し悔しい。


 そうしているうちに、紅茶とカフェラテがテーブルに届く。

 セリスはいつものように、ユグドラシル産の茶葉の産地に思いを馳せる。

 レンはニコニコと笑みを浮かべながら、小説を読みつつアイスカフェラテを飲んでいた。



 ボーン、ボーンと鐘が鳴り、木製の振り子時計が14時を告げる。気が付いたら1時間ほど経過していた。

 セリスは目の前の少年にちらりと目を向けるが、彼はまだ楽しそうに小説を読んでいる。

「……ところで、第3区画に来た本当の理由は何ですか?」

 レンは小説を閉じ、にやりと笑う。

「それは秘密だよ、セリスちゃん」

 セリスは眉をひそめる。


 ちらりとレンの手元にある小説の表紙に視線を落とす。

”また、ライトノベルというやつね”

 彼女の視線に気づいたレンは、パッと表情を明るくして楽しげに話し出した。

「そう! 明日はここ(第3区画)でノベルマーケットが開催されるんだよ!」

 レンは目を輝かせながら”ノベマ”と呼ばれるイベント告知のホログラムを見せてくる。

 明日はノベルマーケットの開催日。第3区画で年に一度、小説家の卵たちが集まるイベントだ。



 レンはいつも『推し作家の異世界ファンタジー本』を買い漁ると張り切っているけど、私にはその魅力がいまいちわからない……。

 そんなことを考えながら、セリスはレンの熱弁を聞き流していた。

「セリスも来ればいいのに。意外と面白いってー」

「いえ……私は行かないけど、楽しんできてね」

 本当に、この少年は不思議だ。

 何にでも目を輝かせ、思い立ったようにイベントに顔を出す。だが、群れに混じることはなく、いつも一人でいる。


「あなたは……小説は書かないのですか?」

「え、ボク? 書かないよ。みんながどんなものを創り、どんな物語で心を動かされるのか、興味あるんだ」

 セリスはこの少年の言葉の意味がよくつかめなかった。

「それが、推しの作家を応援するということですか?」

「う~ん……ちょっと違うかな」

 レンは小説を鞄にしまい、帰り支度を始めた。



 彼の表情からは、いたずらっぽい笑みは消え、柔らかな微笑みが浮かんでいた。

「そういえば、セリスが新人の教育にすごく熱心だって評判だよ」

セリスは軽く肩をすくめる。

「そうですか。ですが、人材育成はどの区画でも急務です」

 レンは鞄の紐を直しながら言った。

「うん、でも無理はしないでね。君のペースで大丈夫だからさ」

「心配はご無用です。研究の進捗に問題はありません。第3区画の成長域も順調で……」

 レンは手を挙げて言葉を遮った。

「そうじゃないよ」


 レンは鞄を肩にかける手を止め、少し身を乗り出してセリスの目をじっと見た。

「ユグドラシルと対話できるのは、セリスだけなんだから」

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