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AI世界樹:ユグドラシルと呼ばれた生命  作者: Kamemaru
1章:ユグドラシルの世界
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第6話:オリエンテーション

 セリスは第3区画への帰りの列車に揺られていた。

 夕暮れの光がユグドラシルの巨大な枝葉を黄金色に染め上げ、広大な森は燃えるように輝いていた。遠くの湖面には茜色の空が映り込んでいる。時間がゆっくりと流れ、自然の息吹が深く心に染み渡るようだった。

 長い一日の終わり、車窓からの景色が彼女に安らぎを与えていた。


 夕暮れは、まるで世界が息を潜める瞬間の様であった。光は柔らかく輝き、影が長く伸び、森のざわめきは遠のいていく。まるで、大地が眠りについていくかのように、自然は穏やかにその姿を変えていく。

 白銀の車体が、黄金色に染まった葉陰を反射しながら樹々の間を駆け抜けていく。セリスは、大自然のリズムを感じられるこの時間帯の景色が、何よりも心地よかった。



『大自然を、自身の五感で生命を感じることが大切だ──』

 彼女は、アレクの言葉がずっと気になっていた。

 そう……大自然の力は限りなく強く、大きい。

 自然の猛威の前には、人間の力は小さく、儚い……。

 いつの間にか、人々は科学力を過信し、容易にコントロールできるものだと思い込んでしまうのだろう。


 けれど、人間の力も、無限の可能性を秘めている。

 それは人の心次第で、世界を再生へと導く力にも、破滅へと向かわせる道にもなりうる。セリスは、青年たちに科学技術の優劣ではなく、自然に向き合う心を育むことに尽力しようと誓った。

 その決意は、絶対に破滅の道を繰り返させないという彼女の意志だった。



──翌日、第3区画研究所。

 配属されたばかりの職員が、教官に連れられ、研究所施設を案内されている。彼らは、支給されたばかりの白衣を身に着け、”LifeLinkList”を腕に装着し、どこか誇らしげな表情だった。

 通称『LLエルエル,Listリスト』と呼ばれるその装置にはAIが搭載されており、個々人に最適化した補助システムが構築される。

 必要に応じてホログラムを手元に映し出すほか、データの記録や分析を常時行う。研究所との連絡や通信も担っており、本人の生体反応や位置情報も全て記録されている。

 施設説明や図面などがホログラム表示され、新入職員の彼らはそれを見るたびに興奮が抑えられない様子だった。


 そして研究所の最上階、観測デッキに来たところで、一同はその景色に目を奪われた。



 広大な草原地域が広がり、遠くにそびえるユグドラシルが一望できる。自然豊かな森や湖が点在し、初めて見る者は誰もが圧倒される。

 ここから見る景色は、かつて誰もが夢見た理想そのものだった。


「──ここが、観測デッキです。ユグドラシル領域の中でも、最も美しい景観が見れる場所と呼ばれています」 一同は静まり返り、誰もが息を飲む。

「この観測デッキから、第3区画の自然環境をリアルタイムで監視しています。この下の階層には環境制御ステーションがあり、湿度や温度、土壌の状況などのデータを分析しています。続いて、各設備の説明をしていきます──」

 若い研究者たちは熱心な眼差しで話に聞き入り、時折頷きながら理解を深めていた。


 午後からはそれぞれが配属先を告げられ、各部署の先輩たちから業務内容や役割について学んだ。誰もが熱心に取り組み、オリエンテーションの初日はあっという間に過ぎていった。

「──皆さんお疲れ様でした。明日のオリエンテーションは、セリス・アマリリス特別主任に担当官として入っていただきます。自然保護区での実地研修となりますので、野外観察用の制服を着用して、この研修センターに集合してください」



 若い研究者たちの表情に一瞬の緊張が走った。期待と同時に、自分に務まるのかという不安が胸をよぎる。これから始まる厳しい道のりを思い描きながらも、誰もが成長の一歩を踏み出そうとしていた──


 まだ薄明かりの早朝、セリスはゆっくりと目を覚ました……。

 朝の冷気に包まれながら、彼女は紅茶を淹れる。

 窓の外には、澄み渡る空気の向こうに世界樹の雄大な姿がはっきりと見えていた。


 彼女は窓辺に腰掛け、澄んだ空気の向こうにそびえる世界樹を見つめる。

 カップを両手で包み込み、ゆっくりと紅茶を口に運ぶ。

 彼女はその雄大な姿に目を細め、一日の始まりを感じていた。


『セリス様、おはようございます。野外活動用スーツの準備ができております』

 リストバンドに内臓されたAIが、優しい声で報告した。

 更衣室にはクリーニングされた野外活動スーツが掛かっている。更衣室はガラス張りになっているが、ガラスの内側には多数のセンサーが内蔵されており、スーツやLLリストに搭載された機器やバッテリーの状態をチェックしている。



 そのスーツはコンバットスーツのように肌に密着しつつ、軽やかな白衣を纏ったかのような外観をしていた。

 自然の奥深くまで調査に向かう場合、生身では危険が伴うため、丈夫で動きやすい設計が求められていた。防虫・防汚加工に加え、感染症対策も施されている。

 また、高感度マイクロフォンやカメラ、環境センサー(温度・湿度・土壌分析)など、調査に必要な機器を装備している。これらのデータはLLリストに送信され、人間の負荷を極限まで軽減し、長時間の野外活動に耐えるよう設計されていた。


 若い研究者たちは、このスーツの着用に苦戦していた。

 時間ギリギリに駆け込む者、装着が不十分で教官に再着用を命じられる者もり、様々な状況が見られた。

 研修センターに整列する頃には定刻を5分過ぎており、教官の厳しい叱責が飛んでいた。セリスはその様子を静かに見守っていた。

 教官による注意事項の説明が終わると、セリスが場を引き継いだ。



「はじめまして、本日皆さんの担当をする、セリス・アマリリスです」

 皆の視線が一斉にセリスに集まった。

「この研修は決して楽なものではありません。ですが、自然と真摯に向き合い、命の声を聴くことができれば、必ず成果はついてきます。皆さんの成長を期待しています──」

 ぼそぼそと囁き合う話す声がする。

「……あの人、任命式でも命の声って言ってたな」

「声を聞くってどういう意味だろう」

 植物は強いストレスを受けると、人には聞こえない超音波を発することがある。若い研究者たちはそれを、セリスが言うところの『声』だと解釈した。

 セリスは、彼らの反応に内心がっかりした。

”彼らも、センサーを通したデータしか見ようとしないのか……”

 セリスは気を取り直して自身に言い聞かせた。

”……いや、これからだ。彼らは、まだ素直に聞こうとする耳を持っている”



「──話はこれくらいにして、早速実地研修に行きましょう。最後に、皆さんに『相棒バディ』を紹介します」

 その時、各々のLLリストが一斉に反応し、手元のホログラムにAIが現れた。

『Life Link Support AI 起動します。はじめまして、マスター』

「うわぁ、びっくりした!」と誰かが声を上げた。

「えぇー、”マスター”って呼ばれたよ。これ、どうすればいいの?」

「皆さんよく聞いてください。あなた方のLLリストには、人格を備えたAIが実装されています。これから、このAIが皆さんの業務をサポートします」

 セリスがそう言い終えると、場は一気にざわついた。ささやき合う声、驚いた笑い、期待に満ちた視線──

 反応は様々だったが、嬉しそうな表情を浮かべる者が多かった。


「それでは、全員地下駐車場へ移動します。直通エレベーターを利用して速やかに移動してください」

 研究所の地下には、自然保護区の調査車両の格納庫があるフロアがあった。



 エレベーターを降りると、乗降ロータリーが広がり、既に車両が整然と並んでいた。出入庫はAIが自律走行で制御しており、研究員が車両を要求するとシステムが自動で予約・配車を行う仕組みになっている。

「それでは、4人一組で乗車してください。途中に休憩ポイントを挟み、そこで運転を交代していただきます。全員が運転を経験することも研修の目的です」

 純白の専用車にぞろぞろと乗り込んでいると、先頭の先導車だけが明らかに異なる姿をしているのに気づいた。ざわつく車内で誰かが指をさす。

「おい、あれ、アルバトロスじゃないのか?」

「うわ、本物だ。実物を見るのは初めてだよ……」

 セリスが少し困ったような表情で教官と話していた。

「あの……私も他の一般調査車両で構わないのですが」

 教官は首を横に振る。

「いいえ、ダメです。規則ですから。私が運転しますので、どうぞお乗りください」


 この厳しい教官は、上司であるセリスにも容赦なかった。規則の順守を何よりも優先する人物だった。セリスは、若い研究員たちと同じ車両に乗りたいと思っていたが、口には出すことはなかった。



 純白のホバリング車両が列を作り、低い唸りを残して滑り出した。

 地下の専用ゲートを抜けると、視界は一瞬で切り替わり、自然保護区の広大な草原が広がる。車列の影が草の上を滑り、地平線へと伸びていった。


 運転席のウィンドウには、AR(拡張現実)技術が用いられ、草原の上に進むルートが表示されている。これは目的地への経路であると同時に、浮遊可能な”コース”を現していた。

 ホバリング車両は、ユグドラシルの根系に由来する特殊なバイオマテリアルネットワークと、車両側の強力な磁場発生装置が共鳴し、浮遊を実現していた。

 バイオマテリアルは自然環境に溶け込みつつ磁気的特性を持ち、車両に安定した浮遊力をもたらす。ユグドラシルに融合したAIが、バイオマテリアルネットワークの成長を制御し、浮遊経路を形成・維持している。

 これにより、自然破壊を最小限に抑えながらホバリング車両による移動を可能にしていた。


 全員のLLリストに教官のホログラムが表示された。

「皆さん、ご存知だと思いますが、”ルート”からは絶対に逸脱しないようにしてください。浮遊力を失うと、帰還不能になります」

”外れそうになったらAIが自律制御してコースに戻りますが、これくらい脅しておけばいいでしょう”

 教官が真剣な表情で注意を促す横で、セリスはくすっと笑っていた。



 河川沿いの草地に車両を停め、一行は調査訓練を始めた。

「ここでの目的は、土壌と水質の調査です。各自、ミッションがLLリストに通知されています。”相棒バディ”と相談しながら調査を進めてください。ミッションを完了したら、ここに戻ってきてくださいね」

 アルバトロスの天井後部がスライドして開き、小型の監視ドローンが複数機飛び立った。

 これにより、周囲の研究員の状況が全てセリスにリアルタイムで共有されていた。


──実地研修は、ミッション形式で各地を巡りながら調査を重ねていった。最終的な目的は、自然環境だけでなく生物の多様性も把握することだった。

 セリスはメンバーの輪に入り、一人ひとりの表情や声に耳を傾けながら、丁寧に話しかけていった。

「ここでの調査はどう?」 メンバーは緊張しながらも、徐々に心を開き、疑問や感想を口にするようになった。セリスはその声に真摯に応え、共に課題を解決していく姿勢を示した。

”そうだ……彼らの共感を得ることこそが、ユグドラシルが世界に羽ばたくための一歩なんだ”



──傾きかけた太陽が草原をオレンジ色に染める中、ホバリング車両の列が風を切って滑走する。車体の影が草の上を流れ、第3区画の都市を目指して一直線に伸びていく。

「セリス主任、お疲れ様です。今日も本当にお忙しかったですね。少しでも休んでください」

「ありがとう……。熱心な彼らを見ると、つい力を入りすぎてしまいました」

 教官は微笑みながら言った。

「らしくないですね、セリス主任。もっとサバサバしているのかと……」

「……」 セリスは静かに寝息を立てていた。

 教官はそっと彼女の肩に手を置き、優しい声で言った。

「今日もよく頑張りましたね。主任の熱意が、皆に伝わっていると思います」


 夕暮れの静寂が、彼女の疲れを優しく包み込む。

 セリスの心には、共に歩む仲間たちへの信頼と、自然と共生する未来への願いが深く刻まれていた。

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