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AI世界樹:ユグドラシルと呼ばれた生命  作者: Kamemaru
1章:ユグドラシルの世界
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第5話:任命式

 ざわざわと入場する新入職員の様子が、壇上の舞台袖からよく見えた。中には、特別主任席の方を指しながらひそひそ話したり、興奮している様子も非常に目立つ。

 彼らの緊張感と興奮が伝わってくるようだった。

 会場前方のモニターに進行内容が表示されている。注意事項の案内が流れ、第1部のリハーサルが始まった。

 特別主任の7人は、一旦控室へと移動した。


 控室に戻った彼らは、新入職員たちの印象について意見を交わしていた。

「今年の新人たちは、どうにも落ち着きがないな……」

「けど、皆勉強熱心で個性ある子が多かったわ。教え甲斐はありそうね」

「まずは、基本をしっかり教え込む必要がある──」



 彼らは、新人への教育は積極的に関わっていた。各区画の研究所に教育担当教官はいるものの、通り一遍の知識を与えられる形に過ぎない。”徹底した現場主義”、AIが発達したこの時代だからこそ、それは彼らの中の鉄則だった。

 新入職員の姿からは、世界樹プロジェクト始動当時の使命感は薄れ、開拓精神も危機感も乏しかった。

 要領よく出世しようなどという考えが少しでもあれば、これから世界に向けて飛躍していく上で、組織運営に必ず支障が出る。この若いリーダーの7名の誰もが、青年たちの育成が早急に必要であると感じていた。


 アレク・ヴァンデルが皆の顔を見渡し、口を開いた。

「基礎を叩き込むのもいいだろう。だが、最も大切なのは実践だ。大自然を単なる資源ではなく、自身の五感で生命を感じることが大切だ。口にするのは簡単だが、これほど難しい事は無い。一人ひとりの、納得と共感を得なければならない」

 一同は深く頷いた。

「今ここにいる我々が、ユグドラシルの7つの地域を牽引していくのだ。その目的は、この地球に大自然を蘇らせ、世界を救うことだ。皆大変だと思うが、使命感を持ってしっかり取り組んでもらいたい」



 研究所の中でも、アレクの思想は少数派であった。セリスは彼の思想に強く共感していたが、多くの研究員は理解を示さなかった。

 事実、”混乱を招く者”としてアレク退任を訴える者たちもいたが、所長はその声を退けていた。セリスは自身を含めて、特別主任には変わった者が多いと感じたが、それは口に出さずにいた。もしかしたら、皆も不思議に思っているのかもしれない。


 会場の方からは、リハーサル終了のアナウンスが聞こえ、ゆったりとしたBGMが流れ始める。

「さぁ、そろそろ時間だろう。会場に向かおうか」

 彼らは舞台袖から壇上の席に着席した。


 式典は、全3部で構成されていた。

 第1部は、所長挨拶に始まり、新入職員の入社式が行われる。

 第2部は、本部長以上の幹部役職者の辞令交付が行われる。

 そして最後、第3部は特別主任研究員の任命式が行われる。

 毎年、セリスは第3部で任命を受けており、そのたびに身が引き締まる思いがした。

 すでに観覧席の入場が始まっており、全区域から集まってきた職員の代表たちで会場が埋め尽くされていた。



 レオンたちも既に会場に入り、やや前方の席に座っていた。

「いやー、この会場に来るの久々ですけど、やっぱり広いですねー」

「あぁ、君は昨年入所だから一年ぶりか」

 レオンも会場を見渡しながら、その視線はセリスに向けられていた。


「そういえば、今年の特別主任は3人が新任なんだってな」

「へぇー、そうなんですか」

 先輩職員が後輩のリアクションの薄い返事に呆れた様子だった。

「へぇー、じゃないよ。ほら、壇上右側の7人席がそうだから顔を覚えておけよ」


『ただいまより、ユグドラシル研究所、第60期入社式を開式致します』

 盛大な拍手が会場を包む。

『まず初めに、所長挨拶──』

 所長が登壇し、新入社員の入社式が始まった。

 一見何気ない式典の中でも、7名のリーダーたちは若い新入社員らに、将来を託するような思いで見守っていた。



 第2部では、各区画の研究所のトップである本部長の任命が行われた。

 区画内の人事は各地域で辞令交付される。本部長や部長は事務方の管理職であり、研究所内勤務と自然保護区での調査勤務は明確に分かれている。

 勤務内容の違いは研究所内の思想的な違いを生み出していた。その結果、本部ではAI分析重視に偏り、調査を担う現場側との間に溝が生じていたのだ。

「この辞令交付が終われば、次は特別主任の任命が始まるぞ」

「顔と名前が一致してなくて……」

「おいマジかよ。……レオン、任せた」

 先輩職員は呆れた様子でレオンに丸投げした。

「え、僕ですか──。わかった、もう少ししたら一人ずつ任命受けるから、説明してやる」

「チーフ、ありがとうございます……」

 レオンは小さくため息を漏らしつつも、面倒見は良かった。

『それでは、これより特別主任の任命を行います──』



「あれが、第1区画、アレク・ヴァンデル育成制御主任──」

 アレク・ヴァンデル。10年以上第1区画の特別主任を継続している。ユグドラシル外郭警備隊出身で、研究所幹部としては珍しい経歴の持ち主だった。

 ユグドラシル外郭警備隊。それは軍に相当する組織であり、世界樹を破壊しようとするテロリストや、武力支配を目論む組織が侵攻した場合に備えている。

 対して、内郭警備隊は領内の治安維持を専門に担い、警察組織と連携する。


「次、第2区画、ミナ・カシワギ遺伝工学主任──」

 柏木美奈。彼女も同じく特別主任の継続である。多様な植物の交配実験や変異試験などを担当している。非常に明るく、誰にでも気軽に接する。その性格に惑わされがちだが、研究の為には手段を選ばず、妥協を許さないストイックさと繊細さを兼ね備えている。

 ミナはセリスと同じく苗に話しかけるスタイルで、お互いの性格は真逆ながら、妙に気が合った。


「第3区画、セリス・アマリリス育成管理主任──」

 口数は少ないが第3区画研究所のエースであり、入所間もなく特別主任に選出された。

 人類と大自然の共存を模索する小説、精霊のささやきの著者である。



「第4区画、ハル・エルバート模擬環境管理官──」

 彼は今年度からの新任で外郭警備隊からの抜擢。第4区画はユグドラシルの外周にあたり、外郭警備隊と密接に関わる。荒廃環境を模した環境で育成実験をしており、他の研究区画とは情報が共有されておらず謎に包まれている。


「第5区画、ライラ・ヴェルナーAI育成監査官──」

 彼女も今年度からの信任。第5区画は人間の介入を極限まで減らし、AIが完全自律で育成を実験的に行う。ライラはAI開発企業出身で、技術至上主義者。


「第6区画、ナタリア・グレイヴス安全技術主任──」

 異常個体や未知の反応をした植物を隔離して育成する区画。最も特殊な区画にして、ナタリアは最も変わっている特別主任と呼ばれていた。植物だけではなく、古代技術の研究やロストテクノロジーの再現を趣味にしており、自宅はまるで工房のようになっている。



「最後、第7区画、タカミ・レン特別資源管理官──」

 高見蓮。アレク同様10年以上特別主任を継続しているが、外見はどう見ても10代前半の少年である。遺伝子操作実験の被検体になったという噂もあり、実年齢がわからない。他区域のバックアップ育成や資源管理、冗長性の確保を担っている。


「え、チーフもタカミ・レン特別主任だけは、詳細知らないんですか?」

「あぁ、機密扱いで俺も何も知らない。見た目はアレ(美少年)だから、女性職員なんかは『ユグドラシルの精霊』なんて呼んで喜んでるが、俺は闇を感じるよ」

「……なんか怖いですね。まぁ他の区画のことだし関わる機会もないでしょうけど……。それにしても、セリス主任の継続すごいですよね。アレを除けば最年少ですよ」

「あぁ、そうだな……」

”セリス主任……あなたの地位は俺が守ります”


 壇上の誰もが緊張した面持ちの中、セリスは凛とした姿勢で微笑んでいた。

 ユグドラシルに直接関われることを、彼女は心底喜んでいた。


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